ブログ引越し

ライブドアブログに引越しすることになりました。

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今後ともよろしくお願いします。

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センターで85%取っても足切りされる大学があるらしい

けじめをつけるために出願したとある大学の足切りを通過してしまい嬉しい誤算といったところです。

それはそうと、今年の東大の科類ごとの正式な足切り点は以下の通り。

文1 721
文2 670
文3 632
理1 770
理2 743
理3 706

恐ろしいのは理1の数字で何と、足切りの点数が85%を上回っています(lll゚Д゚)

確かに、予備校がセンターリサーチを基に発表する足切り予想では770というどんぴしゃりの数字を提示してみせた予備校もありましたが、大方の予想では、まさか本当にここまで足切り点が高いとは思っていなかったようですし、私自身「幾らなんでもそれはないだろw」と鼻で笑ってしまっていたのを告白しなければなりません。

それにしても、85%が足切りでは、かなり多くの二次力のある受験生も足切りの憂き目を見たのではないか。

センターは一次関門なのだから、対策を怠っただけだと非情に切り捨てることもできますが、流石に85%取れてて二次試験にも到達できないのは気の毒な気がしてなりません。

この状況が数年も続くようだと、理1だけ倍率が少し引き上げられたりもあるかもしれませんね。

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今日は図書館行ってきた

一昨日大さん橋にて行った配信を聞いてくださった方はありがとうございました。

想像した以上の反響の大きさに私自身驚いています。

「大さん橋の誓い」に関しては、また近日自分の今の考えをまとめた記事を公開する予定でいます。

今日はほとんど寝てないのもあって、今非常に眠い…。

このまま眠くなるまで勉強して、睡魔に襲われ次第就寝しようと思います。

今後とも宜しくお願いします。

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今日は久方ぶりに

シェルシュに行ってみました。

シェルシュとは、うちの大学にある生協が経営してる食堂の名前です。

夕方、別にそれほど空腹を感じていたわけではないものの、もう大学に来るのもあと数回だと思うと妙に感慨深いものを感じて、訪れずにはいられなくなってしまいました。

そしてここでの私の定番メニューでもあるご飯+味噌汁+納豆(計180円)を注文し、周りで賑やかに会話に花を咲かせている学部生たちの声をBGMにして学生生活の思い出に耽りながら食事をとりました。

しかし、「思い出」とは言ったものの、実のところ所謂大学生らしい思い出はほぼ皆無だったりするのはここだけの話。

しかし、学内で時間を潰す場所と言えば、食堂か図書館であったわけで、単純に学生生活の多くの時間を費やしたという意味では間違いなくこの食堂は思い出のスポットの一つといえるのは確か。

学内ぼっちには、食事が数少ない愉しみであったとも言えるのかもしれません。

長年通いなれたキャンパスともいよいよお別れのときが近づいてきている。

それを思うと、いくら友達100人作って面白おかしく、という華やかなキャンパスライフがかなわなかったとは言え、寂しさが込み上げてくるのも人情というもの。

3月末までは、図書館を利用する権利もあるはずなので、学生証を返却するまでは最大限それらを活用していきたいですね。

そしてそろそろ自分の進路(と呼べるほどでもないかもですが)についても発表していくつもりでいます。

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受験に「カツ(勝つ)」とは言うけれど

受験の時期が近づいてくると、スーパーに受験生応援グッズが置かれるのは毎年恒例の光景であり、年々便乗商品が増えてきているように思えます。
過去に私もこのブログでそれらの一部「ウカール」だの「キットカット(きっと勝つ)」だのを紹介させて頂きました。
こうした縁起担ぎは、必ずしも否定されるべきではないと私は思っています。
それによって、不安な気持ちを静めたりと、気持ちの面で好影響があるなら十分効果はあると言えるわけですからね。
ただ、それでも縁起担ぎとしてはあまり好ましくないのではないかと思えるそれが存在するのもまた事実。
その一つが、受験の前日もしくは当日にカツを食べるというもの。
確かにカツは勝つとかかっていて、縁起がいいのは確かだとしても、カツのような揚げ物は消化にいいとは思えないし、高カロリーの食事は知的活動にもあまりいい影響が及ぶとは思えません。
縁起を担ぐのはいいですが、あくまでも身体や脳のコンディションを下げない範囲で採用していきたいものですね。
(※もちろん人によって体質の違いがあると思うので、カツを当日食べるのが絶対によくないと主張したいわけではありません。自分の身体と相談しながら当日ベストのコンディションを保つよう努めようというのが今回の記事の趣旨です)

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例によって今年のテーマを

あけましておめでとうございます。
1年があっという間に過ぎ、今日からまた新しい一年の始まりです。
ここで毎年好例の、今年一年の自分のテーマを設定したいと思います。
今年のテーマ、それは…「情熱」、これですね。
限りない成功を収めるにあたって必要不可欠で、それでいて自分に致命的に欠けている要素の一つは情熱であると言っても言い過ぎではない。
かつてエマーソンが喝破したように「情熱無しに成し遂げられた偉業はない」のであって、どんなフィールドで勝負するにしても、情熱を持って取り組まねば、破天荒な業績を残せはしない。
今までは、どちらかと言えば物事に対して斜に構えてきたところがあり、冷めた日々を送ってきてしまった。
しかし、私の中に潜む何者かが「お前の身体を流れるその真赤な血を燃え滾らせ、古代の英雄のように勇猛果敢に突き進むのだ」と囁きかけてくるのを私は何度も聞いてきた。
最早その声に耳を塞ぐことはできない。
今年は熱意を胸に燃やし、活き活きとした人格を作り上げていくべく努めたいと思っています。
そんな感じで今年一年もまた宜しくお願いします。

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大音量目覚まし時計

私に朝寝坊の悪癖があるのは以前から何度か書いてきた通りです。
昔買った普通の目覚ましでは(6時間未満の睡眠時には特に)起きられず、このままでは社会人になっても遅刻を繰り返し首にされてしまうのを危惧して大音量目覚まし「ライデンNR522」を購入してみました。
最大約100dBの大音量が特長で、これは電車通過時の高架下と同じ程度の音圧なのだとか。
届いた現物を試してみたところ、確かにつまみを最大にあわせると相当な大音量でこれなら大事な予定がある日にも寝過ごさないですみそう。
精神衛生面から見てもあまり健康だとは言えないので、普段はもっと控えめにセットするつもりでいますけどね。
今日初めてこの新目覚ましで朝起床しましたが、つまみを7割程度に抑えていたにも関わらず、鳴り始めるのとほぼ同時に目が覚めて幸先のよいスタート。
これがあれば、二度寝の心配はあっても、少なくとも目覚ましが全く聞こえず目が覚めた瞬間青ざめるという悲劇だけは回避できるような気がしています。
これでまた社会人に一歩近づけ…ればいいのですが。

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最高品質の腕時計

腕時計は社会人のマストアイテム。
恥ずかしながら、私は普段腕時計を装着する習慣がなく、時間を確認するときは専ら携帯で代用しています。
例外的に腕時計をするのは、試験やバイトのときなど携帯をチェックできそうにない日だけ。
ただ所持する唯一のそれがbabyGであって、流石にこれはビジネスの場で用いるのは難しそうだと思ったので、公私兼用の腕時計を購入することに。
その際私が考慮したのは、時計としての機能面と価格面。
とにかく正確な時間が表示され、時間のずれがあまり生じなければそれでよく、恐らくカシオ、シチズン辺りの一流メーカーのであれば、そうした最低条件は満たされているに違いない。
そして見つけたのがカシオのスタンダードアナログウォッチ980円。
余計な機能は一切ついていないけれど、時計に時刻表示以上のどんな役割も求めていなかった自分にはまさにシンプルイズベストで一目見て気に入ってしまいました。
文房具と同じく、数百~数千円の安値で機能面で言えば最高品質の腕時計が入手できるのですから世の中捨てたものではありませんね。

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2012年度の手帳

予定らしい予定がめったにないのが非リアの特長であって、たまに誰かと遊ぶときも、当日か前日に連絡を取り合い突発的な形で会う。
そんな具合なので、基本手帳の必要性は感じず、過去何度か手帳を購入した年度もありましたが、白紙のページが目立ち、結局、携帯のスケジュール管理機能で十分だという結論に達したのでした。
特にスマホに変えてからは、機能性の高い手帳アプリも幾つか公開されており、下手に紙のを使うよりもよほど使い勝手がいい。
そんなわけで、来年も紙の手帳を使わない方針でいこうと思っていたのですが、ミスドでポイント交換により貰えるスヌーピー手帳を親が貰ってきてくれて、私もスヌーピー好きなのもあり、せっかくなので来年はこれでいくことに。
ただ持ち歩く手間など考えれば、大して予定もないならば、スマホのアプリの方に軍配があがるのかもしれない。
社会人になったとしたら社内で使えるかどうか微妙ですしね。
まあせっかくなので、日記帳代わりにするなど何らかの用途に上手く活用していければいいなと思ってます。

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本物の絵画と画集

もうここ何年間も美術館には足を運んでいないように記憶しています。
美術方面には疎いながらも、一応は好きな絵画も多少はあり、特にギリシャ神話や聖書を題材にした作品は心動かされるものが珍しくありません。
しかし、だからと言って別にわざわざ美術館に行って「本物」を見なくても、図書館で画集でも借りてきてそれを眺めていればそれで十分満足してしまうのです。
画集のそれも美術館のそれもどちらも同じ絵であって質的な差はそれほどないのではないか、と。
だから、贋作真作論争などもあまり興味がなく、たとえ贋作でも元の絵が優れてれば大して変わらないだろうとすら思ってしまうのです。
まあ、所詮その程度の芸術センスの持ち主でしかなく、鑑賞の意味など何一つとして理解していない人間の戯言でしかないという自覚は持っています。
将来鑑賞眼が培われて「本物」のよさを理解する日がくるかもしれませんが、現状では美術館を訪問しても「自分は今高尚な行為をしている」という自己満足感を得るだけで終わってしまいそうです…。

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