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人間はあらゆることに慣れうる動物である

確かドストエフスキーの言葉だったと記憶している。

この前、この言葉を思い出す場に出くわした。それは、例によって独りで大学の食堂で昼食をとっていたときのことだ。私の近くに座っていた女性が、一緒にいた女性に「独りでご飯食べるとさびしいでしょ。」という話をしていた。私はこの言葉を耳にして、激しい衝撃を感じた。なぜならば、私にとって、食事を独りで食べるのは当たり前のことであり、それをさびしいなどと感じたことは一度もないと言えるからだ。むしろ、珍しく誰かと一緒に食べたときに、いつもとは違うぎこちなさを感じてしまう。

その時に、私はタイトルに書いた言葉がふと頭に浮かんだのだ。私も以前は寂しさを感じていたのかもしれない。だがいつの頃か、独りでご飯を食べるのが当たり前になってからはそのような寂しさとは無縁となった。

似たような経験の持ち主は私以外にも結構いるのではないかと思う。例えば、持病持ちの人が、最初は発症する度に、苦しさでやり切れないと思っていても、回数を重ねるうちにそれが普通になり、それほど気にならなくなったり、と。

考えてみると、タイトルのような性質を人間に与えた神に私は思わず頭を下げずにはいられなくなる。人間に「慣れ」という性質がなく、毎回同じ苦しみに同じだけ深く悩まされなければならないとしたら人生はとても生きづらいものになっていたことだろう。そうならないで済んでいるのは人間が「慣れ」を知る生物であるからだ。

私がこの真理を忘れずにいる間は、どのような苦しい状況下に置かれようとも、絶望せずに生きていくことができるはずだと私は信じている。

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コメント

 心理学者ヴィクトール・フランクルの著した『夜と霧』でも
同様なことが語られてますね。
 ドイツの強制収容所での体験談や、
そこで得た人間に対する深い洞察が残されています。

 彼は言う。

 人はおおよそどんなことにも馴れることができるらしい。
しかし、「どのように」とは訊ねないで欲しい。

投稿: 銀月 | 2006年5月30日 (火) 19時42分

『夜と霧』は私も昔読み感動した記憶があります。
上の言葉も、この本の中で著者が紹介したドストエフスキーの言葉を、私がたまたま覚えていただけなのかもしれません。
ところで、『夜と霧』は数年前、新訳が出版され、文章がとても読みやすくなりましたね。私は、昔の「堅苦しい」訳文で読んだので、今度は新訳でも読んでみたいと思っています。

投稿: 読書くん | 2006年5月30日 (火) 23時04分

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