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いよいよ年越しです

今日は昨日行けなかったD坂に行ってきました。

西日暮里駅まで山手線で行き、途中開成高校を見ながら歩いて千駄木まで向かいました。

毎度のことながら歩いて20分以内で到達できる距離のときは交通費を節約するのが私の主義です。

千駄木に着き、目当ての団子坂はどこだろうかとワクワクしながら歩いていると駅を通り越して一つ目の十字路のところに「団子坂下」の表示を発見。ここからは上り坂になっているので、上りきったところが団子坂上なのだろうと思い上ってみたら案の定そうだと分かる。

団子坂を下りて十字路をさらに向こうに歩いていった場所にあるという「コーヒー乱歩」を見にいくことももちろん忘れませんでした。

十字路からは3分ほどで辿り着きました。

しかし、到着した時間が夜の8時を過ぎていたために店はすでに終わっていました(それとも今日は休業だったのでしょうか)。

店の外から店内がガラスを通して見えるようになっていて、中を少し覗いてみたら、何というか店内はまるでバーのように落ち着いた内装でした。

あの雰囲気ではたとえ店が開いていたとしても、入店できそうになかったと思います。

せっかくここまで来たのでその後、千駄木から本郷まで歩いて行って東大のキャンパスを見学してから帰りました。

そろそろカウントダウンです。

今年は2chに始まり2chに終わった一年であった、というとちょっと言いすぎではありますが、大生板デビューしたりオフに参加したりと、2chをきっかけに様々な経験をすることができました。

来年も、今年にも増して色々な経験ができればいいと思います。

もちろん、2chだけではなく現実でもw。

それでは、そろそろカウントダウンのために大生板に行ってきます。

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スカイプを始めるために…

今日は急遽用事が入ってしまいD坂を見に行けなくなってしまいました。

明日は暇になりそうなので、明日こそは遊びに行ってみるつもりです。

ところで、今日はイヤホンマイクを買ってきました。

目的は、最近流行りのスカイプに挑戦してみようかと思ったからです。

スカイプとはネットを使って通話できる電話のことで使用量も通話料もすべて無料だという優れものです。

これを使えば日本中、いえ世界中の方々と気軽に何時間でも通話できるようになるわけで、普段人との会話が少ない方にとっては、会話の機会を与えてくれる素晴らしいソフトであるのかもしれません。

ただ、初対面の人間と対話をするのは非常に骨の折れる作業には違いないし、気の合う人間を見つけるのも難しいものだと思います。

初めは高校時代の知り合いとの通話から始めて、見知らぬ方との通話はしばらく先になりそう…。

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明日はD坂へ

明日D坂を見に行ってきます。

D坂と言って分かる方はかなりの江戸川乱歩ファンだと思います。

そうです、「D坂の殺人事件」の中に出てくるD坂―正式名称は団子坂―のことです。

以前、コメント欄で教えてもらったのですが、この団子坂の近くに、江戸川乱歩ファンの店主が経営する喫茶店があるらしいのです。

その喫茶店も、もちろん見に行ってみたいと思っています(と言うよりこっちの方がメインかも)。

年末ですし、お店がやっているかどうか分かりませんし、仮に開いていたとしても店内に入るかどうかは微妙ですが、お店がどこにあるのかその確認のためにも行ってみるつもりです。

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人生で最も貴重な瞬間とは…

人生で最も貴重な瞬間、それは決断のときである。と言っても元ネタが分かる方はほとんどいないと思います。

これは70年代の戦争を主題にしたアニメ『決断』という番組のオープニングに流れるナレーションの一節なのです。

この言葉に出会ったとき私は激しい衝撃を受けたのを覚えています。

人生には意識するにせよしないにせよ常に決断がつきものであり、その連続が人生の方向性を決定すると言っても言いすぎではありません。

たった一つの決断の狂いが人生を大きく狂わす可能性もあるわけです。

普段、生ぬるい現実を生きているうちはなかなかそのことに思いが至らないものです。

しかし、戦争のような極限状態に置かれると、決断の重要性を嫌でも思い知らされることになります。

戦場では、ほんの些細な決断ミスや気の迷いが一瞬にして、個人を、部隊を、そして国家を破滅へと追いやりかねません。

戦争というものは日常生活とは比べ物にならないレベルでの決断力が要求されます。

その意味で、過去に不幸にも起こってしまった戦争は教訓や知恵の宝庫ではないでしょうか。

戦争の悲惨を学ぶとともに、それらについても我々は学び取っていくべきであると私は思います。

「人生で最も貴重な瞬間

それは決断のときである

太平洋戦争は

われわれに

平和の尊さを教えたが

また

生きるための教訓を

数多く残している」(『決断』オープニングより)

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毎度お馴染みの荒れ舞台

大生板に成人式関連のスレが増えてきたのを見て、成人式が来月に控えているのを思い出しました。

成人式といえば毎年恒例になりつつあるのが、所謂「DQN」による乱痴気騒ぎです。挨拶の最中に野次を飛ばしたり、会場の最前列に飛び出しクラッカーを鳴らしたりというのはすっかりお馴染みの光景となってしまいました。今年もきっと全国でこのような光景が見られるのに違いありません。

ところで私の話をさせてもらうと、私はすでに成人式を終えているわけですが、私が参加した成人式はそれはもうあっけないものでした。最初に男女一人ずつが新成人を代表して一、二分ほどスピーチをし、次に市長が登場し、割と長く話しをするのかと思いきや、こちらも五分もせずに挨拶を切り上げてしまいました。そして、最後に会場にいる全員でその地域に関連したある歌を合唱し(と言ってもほとんど誰も歌っていませんでしたが)終了。

他にも何か一つか二つイヴェントがあったかもしれませんがよく覚えてはいません。ただ言えるのは、式が始まってから終わるまで30分も経っていなかったということです。おそらく、新成人が暴れだし、全国にその醜態を晒すのを恐れて、さっさと終わらせてしまったのでしょう。

我々参加者側にしてみれば、一体何のために参加したのか分からない式だったと思うかもしれませんが、よく考えてみれば、成人式に参加する一番大きな理由は、昔の知り合いと再会したり、式終了後に友達と飲みに行ってお互いを祝う点にあるわけですから、こういう形の成人式こそが望ましいと言えるのかもしれません。

今後成人式がどんどん簡素化していくのは間違いなさそうです。もしくは、東京ディズニーランドでの開催のような若者に歓迎されるような式の形に移行していくのではないでしょうか。

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mixi中毒とは

いわゆる「リア充集団」の方々がmixiははまる、というような話をしているのを聞いたことがあります。

それを聞き私は首をかしげてしまったわけです。

一体、mixiのどこにそこまではまる要素があるのか、と。

確かに私も利用してはいますが、それでもたまにログインして日記を更新したり、コメントをつけたりする程度で一時間以上継続して続けることはめったにありません。

2chであれば私も経験があるのではまってしまう方の心理はとてもよく理解できます。

一日中画面の前に張り付いてカキコしているコテや名無しを見ても私はそれほど不思議には思いません(私は長くても一日二時間程度に抑えるようにしていますが)。

カキコをしていると時としてチャット状態になったりもして、そのようなときには誰でもネット上での会話に熱中してしまうものです。

ですがmixiではそのような状態になることはほとんどないし、「コミュニティー」などは数日後に何らかの反応があればよいほうです。

それなのに、なぜmixi中毒と呼ばれるほどにこのサイトに熱中してしまう方々がたくさんいるのかが不思議です。

それとも「はまる」と言っても一日に、総計しても一時間もログインしていない健全な使い方をしていてもそのような表現を使っているのでしょうか?

どちらかと言えば2ch側の人間の私としては気になるところであります。

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恋愛は特殊な人間関係か

60 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/25(月) 03:59:54
>>53
私もかねてから恋愛とは通常のコミュニケーションの延長線上にあるものだと思っていました。
人並みに社交性があり、人と積極的に接していれば彼女ができていたかもしれないし、できていなかったとしてもそれほど気にはならなかったでしょう。
私がこうして恋愛にこだわるのは、もしかしたらその前提にある基本的なコミュ力の不足に不満を持っているからかもしれません。
 
 
 
 
恋愛経験のない人間を批判する論調の一つに次のようなものがあります。「普通に社会生活を送っていれば自然と恋人はできるものだ」と。この意見にはおそらく反発もあるでしょうし、もちろん私も完全に賛成することはできません。人によっては、異性との接点が全くない環境で生活している方もして一概に言うのは間違っているでしょうが、それでもある程度まではこの意見は的を射ているのかもしれません。
恋愛とは何も特殊な次元に属するものではなくて、通常のコミュニケーションの延長線上に位置するもので、人並みに世間のレールに則った生活を送っていれば、何らかの形で恋愛を経験するものなのでしょう。
それが全くないというのは、一般的なレベルでの対人能力に欠けている可能性は高いと思います。少なくとも私に限って言えばそれが欠如しているといわざるをえません。恋愛を云々する前に、私はまずは、基本的な対人関係能力を築いていくことから始めていった方がよさそうです。

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デートスポットには行ったものの…

701 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/24(日) 17:43:25
私はこれからみなとみらいに行くことになりました。
昨年同様一人で行こうかと思っていたら、高校時代の男友達が一緒に行ってくれることになり嬉しい反面、カップルで埋めつくされた中を男二人で歩くのはあらぬ誤解を生みかねないという一抹の不安はあります。
それはお互いにとって望ましくないため、あまり接近しすぎないよう気をつけたいと思っています。
628 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/25(月) 00:45:34
帰宅。
みなとみらいは激混みでしたので、一通り見て周ったあと撤退。
その後横浜駅方面に歩いていき、例のベイクォーターの中を通り横浜駅まで行き駅周辺のとある隠れた飲食店で美味しい食事を頂きました。
今日一日はどこに行ってもカップルばかりで、人によっては非常に辛い光景であったかもしれません。
792 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs [sage] 投稿日: 2006/12/25(月) 01:03:55
いやはや、みなとみらいの異常なまでのカップル率の高さにはあらためて驚かされました。自分とは無縁な世界だと私の心が判断したためか、そのような光景を見ても、全く感情の揺れを感じはしませんでしたが…。
 
 
 
 
昨日書いたように、高校時代の男友達と一緒に遊びに行ってきました。初めは、みなとみらいに行ってみたのですが、これがまた異常なまでの混雑ぶりでした。それも、ほとんどがカップルばかり。
どの店ももちろん大行列で、カップルばかりの中で食べる気も起こらなかったのでその場からはすぐに撤退しました。
周りにいるカップルを見ていても、やはり何の感情も抱くことなく、終始、普段道を歩いているときと同じような冷めた思いで行動していました。私がこの方面で人並みの感情を獲得できる日がくることはあるのでしょうか…。

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いない歴=年齢がデートスポットに挑む

明日は某有名デートスポットに遊びに行ってこようかと思っています。と、こう書くと、私のことを全く知らない人が聞けば、世の多くのカップルがそうするのに倣って、私も明日恋人と一緒に出かけるのだろう、と予想するに違いありません。

しかし、言うまでもなくそうではありません。恋人とではなく一人で行く予定…、だったのですが、今年は高校時代の男友達も一緒に行ってくれるかもしれません。何れにしても恋人と一緒でないのだけは確かです。

実を言うと去年もクリスマスのときには某デートスポットに一人で遊びに行っていました。もちろん周りはカップルだらけ。視界に入る人間の実に九割以上がカップルであったと言っても決して言いすぎではありませんでした。それもその場所全体がカップルで埋め尽くされている感じで、家族連れはめったに見ませんでしたし、ましてや私のように一人で歩いている人間はほぼ皆無であったと言えます。

去年このような経験をして、流石にもう二度とクリスマスにデートスポットを訪れまいという思いに囚われたのではないかと予想される方もいるかもしれませんが、案に反して、私は今年もまたデートスポットに遊びに行く決心は変わりませんでした。

なぜ私は、わざわざカップルで溢れ返っているデートスポットに遊びに行くのかというと、それは、自分の感情を確認したいから、とでも答えるしかありません。

以前、高校時代に同級生がこのように言っているのを聞きました。「カップルを見ていると鬱になってくる…」と。今でも似たり寄ったりの発言を頻繁に耳にします。

これらの発言を聞くたびに私は違和感を感じ続けてきました。なぜなら、私はカップルを見てそのような感情に囚われたことは一度もなかったからです。例えば公園などで抱き合っているカップルを見たとしても、普通に道を歩いているサラリーマンを見るのと同じぐらい何とも思わないのです。

これまではそれが普通だと思っていたのでそれほど気にしていなかったのですが、上記のような内容の書き込みを大生板で多数眼にするにつれて、自分の感覚が世間のそれとずれているのではないかということが徐々に気にかかるようになりました。

そこで、一組や二組でなく、多くのカップルが集まるクリスマス当日のデートスポットに単身で遊びに行き、周りをカップルに囲まれてみれば、少しはカップルに対する羨ましさの感情が生じるかもしれない、そう考え、去年実行してみたわけなのです。

ですが、結果はやはり残念なものでした。あれほど多くのカップルに囲まれても、私の心はこれっぽっちも反応を示しはしなかったのです。相変わらず、普段道を歩いているときと大差のない「心の平安」を保ち続けていました。

これはどう考えるべきなのでしょうか。おそらく、恋愛経験があまりにもなさすぎるために、恋愛というものが自分とは無縁な世界に属するものだ、ということを心が敏感に感じ取り、もはや他人の恋愛を見ても感情が動かされなくなってしまったのだと思います。

これは考えてみると非常に恐るべき事態であります。他人の恋愛を見ても無関心でいられれば、自分の恋愛について興味を持てるはずがないし、もしもその状態が長引けば、気付いたらいない歴が30を超えていたりしかねません。私はまず、カップルを見て鬱になるぐらいに自分を追い込む努力をした方がよさそうです。それは失われた自分の感情を見つける「旅」だとも言えます。

そういうわけで、明日はデートスポットに遊びに行ってこようと思っています。

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マイノリティーを生きる

大学生活板は、2chの中でも特に固定ハンドルを持って書き込む人間が多い板だと言えます。板全体で活動しているマルチ固定から特定のスレでだけ名前を持っているローカル固定まで、今現在活動している固定に限ってもおそらく200人以上の固定がいるのではないでしょうか。

確かに、この現状は言ってみれば「異常」であるかもしれません。

しかし、こうして固定ハンドルを持っている私の意見を言わせてもらえば、これでもまだまだ少ない方だと思えてなりません。

とは言ってももちろん私は今以上に固定が増えればよいと主張しているわけではありません。これ以上固定が増え続ければ、そのうち大生板は固定の書き込みが大半を占めるようになり、ミクシィと大差のない状態になってしまうでしょう(それならそれで構わないような気もしますが…)。

そうではなく、日本全体の大学生数を考えると、大生板で固定として活動している人間の比率が非常に低いことにただ単に疑問を覚えるだけなのです。例えば、大学別スレなどを見ても、固定をつけているのはせいぜい数人、大学によっては、一人も固定で活動している人がいない状態です。数千人、数万人もの学生がいるのに固定を名乗る学生がそれだけ少ないのに私は驚きの感情を隠せません。

日本の全大学生数は大体250万人ぐらいらしいですが、大生板での固定の数を仮に250人としますと、大学生の一万人に一人が、大生板で固定として活動している計算になります。大生板の定住者(週に何度かは訪問するユーザー)がロムも含めると多く見積もって10万人ぐらいでしょうが、それでも400人に1人の割合になります。

板だけ見ていると、固定で溢れ返っているように見えますが、大学生全体の中から見れば、固定はかなりのマイノリティーだと言わざるをえません。もちろん私は、マイノリティーだからと言って誇らしく思ったりするべきだなどと言いたいわけではないし、実際、固定活動がそれに値するかは疑問です。私はただここで、大生板での固定活動という選択肢は大学生にとっては極端にマイノリティーであるという純然たる事実を確認しておきたかっただけです。この活動にどのような意味があるのか、それはまだ私にもよくは分かっていません。

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脱オタVSぼっち

脱オタ「俺は貴様の恐れていた超絶リア充になりつつある!」

ぼっち「何を言いだすかと思えば…

よくそんな大ボラが吹けますね、超絶リア充などと…くっくっく…

いちいち癇にさわるヤローだ!」

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全てに学ぶ眼

最近大生板を見ていて「なるほどな」と感心したレスがありました。それは、その方が受けていた授業の教授の言葉で「無駄な経験など一つもないが経験を無駄にする人間はいる」というものです。
この言葉はけだしこれ名言の類でありましょう。同じ経験をしても、そこから多くを学ぶ人間もいれば何も学び取れない人間もいます。全てから学ぶという謙虚な態度があれば、我々は大きく前進できます。是非そのような賢明な態度をもって物事に対処していきたいものです。

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大学生活も最初が肝心

101 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/18(月) 01:30:05
「この板に来ない」
これは最初の一ヶ月で気をつけるという点では最も優れたアドバイスだと思います。
大学生活4年間は初めの一ヶ月でほぼ決まります。
その大切な時期にこの板になじんでしまっては廃人生活が確定したようなものです。
ここにくるのは3ヵ月経過して、どうやらぼっち生活を送らざるをえないようだ、ということが分かってからにしてください。
 
 
 
「大学生活最初の一ヶ月で気をつけること」というスレに書き込んだ内容です。
おそらく来年の四月には、新入生が挙ってコテデビューをし、板を賑わすだろうと予想されます。
しかし、それはいくら何でもコテデビューするのが早すぎます。
初めからこんな板でコテハン活動をしていては、四年間の非リア充生活が確定してしまったようなものです。大生板はあくまでも、大学デビューに失敗し、どこにもいく場所がなくなってしまったときの最後の手段として残しておくべきで、初めは、必死になって現実の大学生活の中で居場所を見つける努力をすべきであると私は考えます。
その結果、二ヶ月後、三ヶ月後になって、サークルにも所属できず、友達もできなかった、これはもう大学生活は終わってしまったかもしれない、そう思ったときに初めて足を踏み入れる場所、それが大学生活板です。そうなってしまったときに訪れて初めて、この板はその方にとって有益なものとなるでしょう。自らを強制的に廃人へと導くような選択は極力避けた方がよいと私は思います。

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新卒社会では…

知ってのとおり、今の日本は新卒社会であります。

学校を卒業してストレートにどこかの会社に正規採用されるのが社会の常識であって、そのレールから外れてしまった人間は社会から白い眼で見られてしまうのだと聞きます。

そうなるのが嫌なばっかりに、就活で失敗してしまった大学生が、既卒になるのを避けるためだけに大学を留年する「就職留年」などという現象が平然と見られる始末です。

なぜ、日本社会はこれほど既卒を嫌うのでしょうか?

30代後半職歴なし、などという方はいざしらず、大学を卒業して一年か二年フリーター生活を送っていたとしても能力的・人間的に劣っているとは到底思えません。彼らが「新卒」と比べて不利になる理由がどうしても理解できないのです。

一番理解に苦しむのは、上で書いた「就職留年」です。単位も取れていて、卒業しようと思えば卒業できるにも関わらず、就職のためだけに留年しなければならないとしたら時間と金の浪費以外の何物でもありません。普通に卒業して、一年のブランクの後に入社したところで、実質的にどんな差があるのかが分かりません。

新卒信仰と呼ばれるものが本当にあるのかどうか、未だ私は実感を持って知ってはいませんが、もしそれが本当であるならば一日も早くなくなってほしいと心から願っています。

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定番のクリスマスソング

喫茶店や居酒屋などに入ると、クリスマスソングがよくBGMでかかっているのを耳にします。

それ自体は別に何の問題もないのですが、私が気になったのは選曲のマンネリ化についてです。

毎年毎年同じ曲ばかり聴かされていると思うのは私の気のせいでしょうか?

まず、最も頻繁に耳にするのが「きっと君はこない~」の『クリスマスイヴ』です。これはもう毎年クリスマス前になると必ず聞かされますし、驚くべきことには、オリコンのヒットチャートにも毎年この時期になると姿を現します。これはもう日本を代表するクリスマスソングだと言っても間違いはないでしょう。

他によく流れているのは以下の楽曲です。

マライアキャリー『恋人たちのメリークリスマス』

ワム『ラストクリスマス』

これら三曲は定番中の定番であって、毎年何十回何百回と聞かされている気がします。これはちょっと常軌を逸した流されぶりであります。

こうして毎年何度も同じ曲ばかり繰り返し聞かされていてはそろそろ飽きかけてきている方も少なからずいるのではないでしょうか。

Jポップと洋楽に限っても、クリスマスソングの名曲は他にも多数あるはずです。

今後はもっとパターンを増やしていった方がよいのではないか、などと最近街を歩いていて思ってしまいました。

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妥協の恋?

564 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/11/25(土) 23:45:30
顔に関しては付き合い始めの頃に妥協をしても、付き合いが深まり相手の内面がわかってくるうちに気にならなくなってくるものではないかと思っていましたが、いつまでも尾を引く方もいるようですね。
顔はそんなに重要でしょうか…。
 
 
 
 
妥協して付き合っている人が集まるスレを以前読んでいたら、上記の内容が気になってしまったので書き込んでしまいました。
よく言われるように「愛は盲目」であり、相手に対する愛が深まれば深まるほど、相手の欠点などは気にならなくなるものだと思っていました。
ですが、カップルの中には、いつまでも相手の容姿などの欠点に不満を抱き続けている例も多々あるようです。
それは愛が不足しているからなのでしょうか?それとも何か他に理由があるのでしょうか?
いずれにしても、いつまでも不満を抱えながら付き合いを続けるのは不幸としか言いようがありません。
それとも現実はそのようなものだと割り切ることもときには必要なのでしょうか…。

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合コンって…

私はもちろんこれまで一度も合コンというものに参加した経験がありませんし、たぶんこれからも参加しないだろうと思います。

合コンというものに、何となくあまりいいイメージを持っていないというのがその理由なわけですが、いわゆるリア充な大学生にとっては日常的に開催されるイヴェントであるらしく、少なからず好奇心だけは感じてしまいます。

一般的な合コンではどのようにして会が進んでいくのでしょうか?

テレビなどを見ていると(何せ経験がないためにテレビやネットから仕入れた情報で判断するしかないわけです)、やれ「王様ゲーム」だのやれ「一発芸(これはない?でも他に思いつかない)」だので、これは自分にはついていけない感が満ち満ちています。

ああいう場では、きっと2chの話題は厳禁なのでしょう。2chどころかネットの話題ですら軽々とは口にできない雰囲気であるのかもしれません。唯一ネットの話題で盛り上がれるものといったら流行りのミクシィぐらいでしょうか。

何か、あの会の中に試しに私も参加してみたかったりします。あの雰囲気の中で、2chやぼっち生活の何たるかを熱弁したら、果たしてどのような空気になるのか考えてみると結構面白いものです。しかし、もし仮にリアルで実行してしまうと、面白いどころのレベルの話では済まなくなるでしょうから、想像の中だけにとどめておくのが賢明だと言えそうです。

ああいう会を見ていると、あらためて世の中には自分とは無縁の世界がいくつもあるものだという当然の事実を再確認させられます。それらの世界を想像するのは私には非常に難しいことです。そして、合コンに参加して盛り上がっている方々にとっては、私とは逆に、私のようにネットの世界で活発に動き回る生活を想像できないのでしょう。

彼らは彼らの道を歩み、私は私の道を歩むだけです。

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指輪と恋人の有無について

気になっている女性に恋人がいるのかどうかを確かめるための手段には色々あります。そのうち最も頻繁に用いられているのは「指輪の有無」ではないでしょうか?

どんな指輪をどの指にはめているかを見るだけである程度の予想はつくようだというのがネットでの意見です(あくまである程度ですが)。

まず、ほぼ100%恋人持ちのサインは「左手薬指の指輪」です。恋人持ち云々以前に、この指にする指輪は昔から結婚指輪とされてきていて、未婚者はこの指への指輪を避ける方も多いのですが、人によっては未婚者でも恋人とのおそろいの指輪をはめてたりもしているようです。

そして、次に可能性が高いのは「右手薬指の指輪」だと言います。左手薬指の指輪は結婚指輪という考えを強く持っている方はこの指ではなく右手の薬指に恋人から貰った指輪をするのだとか。

このどちらかの指に指輪をはめていると、かなり高い確率で恋人持ちであると言います。例外を言えば、接客バイトなどをしていて、客から誘いを受けるのを防止するために「虫除け」の意味で指輪をしたりということもあるそうです。あと、派手な指輪の場合は、ファッションでしている可能性もあるのだとか。

それ以外の指にする指輪は色々な意味があるようで、一概には言えないという感じを受けました。例えば、人によっては、単なるファッションでしていたり、また他の人は恋人がいても薬指にするのは恥ずかしいから違う指にという理由で薬指以外の指にはめている方もいるという話です。

指と並んで重要なのは、指輪の種類であります。派手めなゴツゴツした指輪などはファッションリングである可能性が高い。そして、シンプルなシルバーリングは恋人とのおそろいの指輪である可能性が高い。そんな意見が一般的でした。

以上を簡単にまとめると、薬指の指輪とシルバーリングは恋人がいる可能性が高いということになります。ですが、女性は男性が思っている以上に色々な種類の指輪をファッション感覚で身につけるようですので、指輪だけでははっきりしたことを知るのはほぼ不可能であるようです。これらは、参考程度に考えておけば間違いはないのでしょう…。

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人間関係を除いては…

12 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/12(火) 21:08:02
>>11
人付き合いが少なくなると表現力や語彙力が著しく衰えますね。
お互いそろそろ動き出しましょう。
 
 
 
ここでいう表現力や語彙力、つまりは言語能力(コミュ能力の基礎)を高めるための方法はいくつかあります。映画を観るのもよいでしょう、本を読み考えるのも有効です。
ですが、それらと並んで重要なのが対人関係であるのは間違いなさそうです。人と会話をするときには、常に頭をフル回転させておかなければなりません。一時期流行った「能力トレーニング」を監修した医学部教授の研究によっても、会話時には脳が非常に活性化することが確かめられています。
これは逆に言えば、人との付き合いを避け、ひきこもりのような生活を送っていれば、次第に言語能力が退化していってしまうことを意味していると思います。どんな能力でも使わずに放っておけば衰えてしまうものです。それは言語の能力に関しても例外ではありません。
そして、そうなってしまえば、人生を意義のあるものにしていくことが難しくなっていきます。表現力が豊かで人格も優れた人間になるためには、人とのいい人間関係は必要不可欠です。誰とも接せずに時間をやり過ごすのは、人生を無為に過ごすことにもつながるのかもしれません。「人間関係を除いては我々に喜びの希望はない」と言ったサン・テグジュペリの言葉を改めてかみ締めたいと思っています。

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たかが髪されど髪

31 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/10(日) 19:39:29
カット失敗した後は一週間ぐらいは憂鬱感から脱せませんね。
最近は毎月のように少しずつ切ってもらうようにしています。
 
 
 
 
床屋や美容院などで髪を切ってもらうときにどれぐらいの長さにするのかは迷うところです。以前は「普通に」などと曖昧に答えて、切る方の自由に任せてきました。しかし、そうすると、必ずといってよいほど、予想していた以上に短くされてしまい、切り終わった後に鏡を見て後悔していました。なので、今では短くされすぎないようにしっかりと長さを指定するようになりました。具体的には、普段はほとんど長さは変えずに、全体的に梳いてもらうだけですませて、そのかわり、ほぼ毎月のように髪を切りに行くようにしています。梳いてもらうだけでも、見た目は髪が短くなったように見えます(実際数mmは短くなっているはず)。おそらく髪の量が多めであるのも関係しているのでしょう。そして、数ヵ月に一度、1cmほど長さを短くしてもらうとちょうどよい感じの長さをキープし続けられます。
たかが髪の長さですが、切りすぎて変になってしまったときは一週間ほどは気分が晴れなかったりもすることを思えば、少しは気を使うのも悪くはないと思っています。あとそのうち、長さだけでなく髪形を整えてカッコよくできたらいいなとも思いますね。

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付き合いのカラオケで何を歌うか

54 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/09(土) 17:52:23
>>41
もうアニソン歌ってしまえばいいと思いますよ。
私も人前ででも無難なアニソンであれば歌いますし。
 
カラオケで重要なのは、上手いか下手かというよりもいかに羞恥心を捨てて大声で歌えるか、でありますね。
少しぐらい音痴でも、皆思い思いの曲を歌って楽しんでいるだけなので別に不快にさせたりはないはずだと私は信じています。
 
90 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/10(日) 23:33:15
ガラガラのときヒトカラ行くと、やたら広い部屋に案内されることがありますよねw
部屋の広さに比例して、一人で歌う空しさが増すのでそんなに広くない部屋の方がよかったりもするのですが…。
 
 
 
カラオケを(あまり仲のよくない)人前で歌うときには、私のようにあまり人が知らないような曲ばかり好んで聴いている人間は、選曲に頭を悩ますことになります。一般的に言って、付き合いでのカラオケでメインを占めるのは所謂「Jポップ」であり、それ以外の曲を歌うのは「地雷」だと言えます。あまり自分の趣味を前面に押し出して選曲していたら周りに不快感を与えることにもなりかねません。
そうした気を使うカラオケにはできるだけ行きたくないとは思うものの、おそらく社会に出ればそうも言っていられません。気が進まないカラオケへの参加を頻繁に求められるようになるでしょう。問題はそうなったときに、Jポップを歌えない人はどのような曲を歌うべきかということです。
私の意見を言えば、付き合いのカラオケであれば、まあ一曲でも歌っておけばよいので、何でもよいので自分の好きなジャンルの曲を遠慮せずに歌えばよいと思っています。洋楽、アニソン、軍歌、童謡、応援歌…、これらはあまり歓迎されるジャンルではありませんが、慣れないJポップを音程を外しながら歌うよりは、自分の好きな曲を思いっきり歌った方が上手く歌えるし、物珍しさから盛り上がる可能性もなきにしもあらずといったところです。少なくとも私は今後やむを得ないカラオケへの参加があって、一曲だけでも歌わなければならない空気になれば、おそらく自分の好きな曲を一曲本気で歌うだろうと思います。ただこれをやると、ドン引きされ、その後二度と誘ってもらえなくなるという危険も伴う諸刃の剣でもあります。リスクを恐れる方にはお薦めできませんw。付き合いを最重視する方は無理してでもJポップを歌うのが無難な選択なのかもしれません。

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脱夜型生活を目指して

今日は朝9時頃に起きました。そんなのは当たり前だと思われるかもしれませんが、私にとってはそうでもなかったりします。

というのも私には朝寝の悪癖があるのです。平日も時間一杯まで眠っていますし、休日になると、深夜ずっと起きていて、寝るのは朝方、起きるのは昼過ぎなどという昼夜逆転生活がデフォでした。この生活はもう中高生時代からの悪癖であります。

ですが、最近になって、今のままの生活を続けていてはよくないと思うようになりました。朝寝には様々なデメリットが伴います。まず、身体にもあまりよくなさそうです。何かの統計で、通常の生活をしているグループと、深夜の仕事などで昼夜逆転生活を送っているグループとでは前者の方が寿命が長いという結果が得られたりもしているようです。次に精神的な面でも夜型生活はあまり好ましくありません。私個人の経験で言っても、朝起きた日の一日と昼過ぎまで寝ていた日の一日では、断然前者の方が一日を気分よくすごせましたし、一日が長くも感じました。そして、最後に、社会的な面でのデメリットを挙げたいと思います。社会は、一部の特殊な場面を除いては、原則的に朝起きて夜寝る生活に合わせて運営されています。大学や会社が始まるのは夜からではなく朝からです(一部例外はありますが)。何かの資格の模試を受けにいくときも、試験が開始されるのは午前中です。以前、免許の試験を受けにいったときもやはり試験は午前中に実施されました。そういう環境のもとでは、極端な夜型生活を送っている人間は、それだけでハンデを負わされてしまうと言っても言いすぎではないでしょう。

そう思うようになったため、最近はこれまでの悪癖を反省して、夜寝て朝起きる「朝型生活」を送るよう心がけています。そして、ここ数週間は、何とか朝に起きられていて、日中眠くなってばかりですが、生活を改善する希望は見えてきています。

まあ、朝型生活とは言っても、起きるのは午前9時過ぎなわけで、まだまだ完全な朝型生活と呼ぶには程遠い状態にあります。徐々に朝に身体を慣らしていって、最終的には朝7時に毎朝目が覚めるようになるまでもっていきたいものだと考えています。

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NANA2

明日いよいよ公開されるようです。

前作で、その演技が絶賛された主役の宮崎あおいさんが諸事情あって降板し、代わりに市川由衣さんがハチ役を務めるということで、どのような演技が見られるのか今から楽しみでもあります。

テレビCMで少し見た感じでは、演技はどうか知りませんが、少なくとも見た目だけは見事になりきっている感じで期待はできそうな予感です。

中島美嘉さんが歌う主題歌も前作同様、なかなかの名曲でこちらもまた楽しめそう。

ただ、またしても曲がパンクではなく普通のロック調なのが気になりました。一応原作の中ではパンクバンドという設定になっていますが、これらの曲はパンクとは程遠いものがあります。この辺はどうしても、多くの一般観客の受けを考えて「妥協」せざるをえなかったのでしょう。

それにしても、中島美嘉さんがナナのはまり役だと思うのは私だけでしょうか?

容姿といい雰囲気といい(あと話によると、経歴もナナと共通点がいくつかあるのだとか)今現在活躍しているアーティストの中で彼女ほどこの役に相応しい女性はなかなか見つからないだろうと思います。

もちろん、演技面だけでナナ役を探すのであれば、アイドルや女優の中に、他にいくらでも適役はいたでしょう。中島さんの演技はお世辞にも上手なものだとは言えませんでした。しかし、映画の中で実際に歌える方を選ぶとあっては、アーティストの中から探すのが最適であり、その中では飛びぬけてはまり役であったという気がしてならないのです。慣れない演技がどれほどぎこちないものであったとしても、映画の中のライブでのあのカッコよさは、そんなものをすべて吹き飛ばしてしまうほどの圧倒的な迫力がありました。

今作でもライブでの中島さんに期待がかかります。

原作を一度でも読んだことがあれば観に行ってみると楽しめると思います。

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ピカチュウパン

Pikapan

 

 

 

 

 

安かったみたいで親が買ってきてくれましたw

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恋の辛さ?

恋の悩みはとても辛いものだと聞かされます。

と言われても、恋愛経験に乏しい人間にとっては、このことはなかなか理解できないことでもあります。

自分とは縁のない出来事であるこの「恋愛」というものですが、頭の中にあるイメージでは辛いというよりも楽しいものである気がしてならないのです。

ですが、実際はそうではなく、辛いものなんだとか。

恋の辛さとは何なのでしょうか?

私にはさっぱり分かりません。好きな人がいて、その人と付き合えるかどうか分からないというときに辛さを感じるのでしょうか。それとも、好きな人と付き合えたとしても、そこからも何か「辛さ」を生じさせる何かがあるのでしょうか。

しかし、こればかりは、自分で経験してみるまでは本当に理解することはできないのでしょう…。

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ぼっち連合オフ会(続き)

二人で焼肉屋に入り談笑していると、40分ほど経ってかんじたさん到着。

その後三人で様々な話題で盛り上がる。大学生活、2ch、そしてサークルの今後について。普段一般の方との会話では決して出せないような話題や言葉(2ch語など)であってもこの席であれば気兼ねなく口にできます。

詳しくは語りませんが、三人ともそれぞれ訳ありの過去を持っているようでした(かんじたさん曰く「黒歴史」)。

しかし、私含め皆、あまりその過去に囚われすぎずに前向きな姿勢で生きているという点でも共通点を感じました。

10時を過ぎた頃、焼肉屋を出て、その後二次会に行こうかという話にもなりましたが、時間が遅いのでまたの機会に、ということになり、再会を約束し、その日はそこで解散となりました。

解散する前に、我々は改めて勇気を出して行動してみることの重要性を再確認しました。今現在社会的にはひきこもりのような状態で暮らしていたとしても、いつかは社会に出ていかなければならないわけです。それからは逃れられないわけです。そうであるなら、できるだけ早く行動を起こし、状況を改善させるべきだと思うのです。ひきこもって人との接点を避けていてはなかなか進歩は望めない。それよりは、傷ついたり、笑われたりしながらでも行動し、少しずつ進歩していった方がよい。この基本点を忘れず、これからも果敢に挑戦(ちょっと大げさですが)を繰り返していきたいと考えています。

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ぼっち連合オフ会

昨日、サークル(全国ぼっち大学生連合)結成以来初めてオフ会に参加してきました。

幹事さんが某所でのオフをスレ上で呼びかけたところ、賛同する声がいくつか上がったのをみて、5人くらいは集まるのかと思っていたら、蓋を開けてみたら結局私しか参加メールを送らなかったようでサシオフに…、となる予定で、事実初めはそうだったのですが、途中で急遽かんじたさんが駆けつけてきてくれることになり、我々はかんじたさんの到着を楽しみに待ちながら先に焼肉屋に入り談笑していました。

今日はもう夜遅いので、続きはまた明日書きます。

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クリスマス間近

272 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/12/04(月) 00:41:02
>>265
クリスマスはみなとみらいに一人で突撃し、例によって2chででも実況する予定でいますが、何なら一緒に行きませんか?
(去年見た感じでは)周りの9割以上がカップルで埋め尽くされている中を男性二人で歩くのは、一人で歩く以上にある種の勇気を要求されます。
あと、一応釘を指しておきたいと思いますが、その後ラブホなどへの誘いを受けても私は応じられませんので悪しからず。
        
                 
                
  
クリスマスが近づいてきました。
とりあえず今の予定では、一人でカップルで埋め尽くされているデートスポットでも見学に行き、また実況でもして自分なりに楽しもうという考えているのです。
オフについてはまだ未定ですが、一つだけ言えるのは、あらぬ勘違いを招きかねないので、当日男性二人での行動は避けたいということです。
大生板で最近、私に対する男○疑惑などが浮上したりもしたため、李下に冠を正さずというか、できるだけ誤解を受けそうな行動は慎むつもりでいます。
詳細についてはまた後日語ります。

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社交辞令

11 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/11/30(木) 00:34:24
言葉の裏にある主張を読み取らないと
「勘違い男」
という最悪のレッテルを貼られ女性集団から爪弾きにされてしまいます。
男性にとっては辛い話ですよ。
 
 
 
いわゆる「社交辞令」についてのレスです。
女性が、男性に優しい言葉や褒め言葉をかける場合、その多くが社交辞令であり、本心からの発言ではない、という事実は弁えておかなければ現実で必ず痛いしっぺ返しをくらうことになるでしょう。
これは特に、女性経験の少ない男性にありがちであり、最悪のケースではストーカーのような存在になってしまい、女性から疎まれてしまう結果になりかねません。
いつでも自分に都合のよい方向にばかり解釈しないように気をつけたいものです。

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マカディア

という名前のお酒があるのをご存知でしょうか?

ボトルの色が赤く、ちょっと特徴的なお酒です。

お酒のコーナーを覗いたことのある方であれば、おそらく一度は目にしたことがあると思います。

どんなお酒かと言うと「アンデスの白ぶどう蒸溜酒をベースにマカとローズヒップを漬け込み、レモンやライムなどの果汁で爽やかに仕上げた、無着色・無香料のフルーティなリキュール」(公式ページより)だそうです。

ローズヒップはともかくマカとはあまり聞きなれない名前です。

そこでまた公式ページから拾ってきますと「「マカ」は南米大陸アンデスの高度4000m級の高地のみで栽培される根菜の1種で、インカ帝国の時代から、人間にとって極限状態ともいえる過酷な環境で生き抜き、健康を維持し、子孫を残すための必要不可欠な食物として代々アンデスの人々の間で受け継がれてきました」なんだとか。

神秘の帝国「インカ帝国」の名前を出されてしまっては、それに少なからず興味を持っている私が惹かれてしまうのも無理はありません。

前々から気になってはいて、いつかは飲んでみたいものだとずっと思い続けてきました。

そして、先日、遂に買って来ました。

家に帰って早速飲んでみたら…

「普通のワイン!?」

というのが初めに受けた正直な感想でした。

「マカ」や「ローズヒップ」の味がもっと強く押し出されているのかと思っていたため、余計な期待をしていたのもそう感じた理由の一つかもしれません。

初めの頃はそんな風に、普通のワインにしか思えなかったこの「マカディア」ですが、その後も何度もちびちびと飲み続けているうちに、徐々に他のワインとの味の違いが分かるようになってきました。

独特の風味のようなものを嗅ぎ分けられるようになり、このお酒本来の美味しさを理解できるようになった気がするのです。

私はあまりお酒が好きではなくて、これまで試しに買ってみたお酒も一口飲んだだけで嫌になってしまい、家族に飲んでもらったりしていました。

しかし、今回のように毎回少しずつでも飲み続けることで、段々味が分かるようになってくるのかもしれません。

今現在苦さしか感じられない日本酒や焼酎などのお酒もそのうち味が分かるようになるまで成長する日もくるのでしょうか…。

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