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愛読書は夏目漱石?

「趣味は何か?」と聞かれたときに読書・音楽鑑賞と答えるのはあまりにも定番になりすぎてしまい、「それは事実上無趣味だと宣言しているようなものだ」と皮肉られたりもします。大学受験の面接などでは特にその傾向が強く、おそらく半数以上の受験者がこういった無難な回答をするのかもしれません。そして、読書に関してさらに突っ込んだ質問で「愛読書は?」と聞かれたら「夏目漱石です」と答えるやり取りも面接官はもう耳が腐るほど経験しているに違いありません。

さて正直に言いますが、私は夏目漱石の作品はこれまでほとんど読んだことがありません。学校で読むよう推奨されたのを含め数作品は読んでいるかもしれませんが、印象にはあまり残っていません。20歳を超えて夏目漱石の作品をあまり読んでいないというと、教養主義的な立場の方々からは白い目で見られてしまうかもしれません。ですが、それでも私はこれまで、かの大文豪の作品を完読しようとは思わずにきました。その理由は単純で、漱石の作品を読んでも全く面白いと思えなかったからです。面白くないという自分の偽らざる素直な感情に従って読まずにきました。

曲がりなりにも「読書好き」を自称するのであれば漱石ぐらいは常識として読んでおくべきではないか、そうした声に私が抵抗してこれたのは、以前も紹介した渡部昇一氏の『知的生活の方法』を読み、氏の読書感に強く共感を抱いていたからでした。氏の読書感は一言で要約すると「勉強のために読む論文や文献はともかく、楽しみのために読む小説は面白いと思えなければならない」というもので、読んでも全く面白いと思えない小説は途中で読むのを放棄していたのだそうです。夏目漱石の作品については、中高時代はもちろん大学時代に読んでも全く面白さが分からなかったためにほとんど読まなかった、しかし、30を過ぎた頃になってやっとその面白さが分かるようになり、そうなってからは漱石の作品の大半は読破してしまったのだとか。

渡部氏曰く、夏目漱石はじめ文豪が残した作品というものは、過去の時代における最も偉大な精神を持った人達が精魂を込めて作り上げたものである。そうした作品を、人生経験が少なく人情の機微を理解する能力の乏しい学生が読んで本当に分かるはずがない。分からないのに無理して読んで「つまらなかった」という記憶だけが下手に残って、本当に作品のよさが分かる時期に読まずに終わってしまうほど大きな損失はない。背伸びもよいがそれはほどほどにしておくべきである。―もう何年も前に読んだ文章なので記憶違いもあるかもしれませんが、上記のような内容が書かれていて、それは今でも強く印象に残っています。氏はそうした読書経歴を持っているからこそ、大学入試(渡部氏は上智大学の元教授現名誉教授)の面接官を担当したときに「愛読書は夏目漱石です」と答える高校生に対して苦笑を禁じえなかったと言います。

この本の影響もあって私は無理に文豪と呼ばれる作家の作品を読破するような「修行」は避けてきたわけですが、しかし、もう年齢的にもよい年頃で以前よりは人生経験や、社会や人間に対する理解も増しているはずなので、漱石の作品のいくつかは楽しんで読めるようになっているかもしれません。『文鳥』を立ち読みしてみたときには、相変わらずその世界観が全く理解できませんでした。しかし、『坊ちゃん』や『我輩は猫である』のように、児童文学の出版社からも出されているような作品であれば、楽しみながら最後まで読み通せるような気もします。こうした作品を中心にして、漱石の作品のいくつかを読んでいきたいところです。

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名著とは繰り返し読み返されるだけの価値があるもの。そのときの人生経験のレベルによって作品から何を読み取るかは変わってきます。くれぐれも過去に一度読んだからという理由で手に取るのを拒絶しないようにしたいですね。

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2ℓペットボトルのコーラ

五輪開催記念のためか期間限定で販売していた例の2ℓコーラを目にされた方も多いかと思います。普段あまり炭酸類は買わない我が家でも、このお徳用コーラは常に買い置きがしてあるほどで、最近はコーラの摂取量が増えているような気がします。(ちなみに私の場合、『宝島』に影響を受けて買ったラム酒と混ぜてキューバリブレで飲むことが多いですが)

2ℓコーラは開発者の表向きの意図としては「家族皆でコーラでも飲みながらオリンピックを観戦してほしい」とでもいうものがあったのでしょうか。それは如何にも古きよきアメリカ的な家族をイメージさせてくれて微笑ましいものであるのかもしれません(ただ健康面では決してよいとは言えないのもまた事実です)。ただ、一つ私が気になったのはあのあまりにも太すぎるボトルについてです。あれは大人でなければ片手ではつかめないのではないでしょうか。いえ、大人でも女性や手の小さい男性はつかめないかもしれません。ましてや子供たちは両手でなければつかめなかったことでしょう。いつもの癖で片手で注ごうとしてボトルを滑らせてしまったという失敗は結構あったような気がしてなりません。私自身何度か危ない瞬間がありました。

それと2ℓという量について。これは家族で飲むのであれば炭酸が抜けてしまう前に問題なく飲みきってしまえるに違いありません。ですから、この増量サービスは歓迎すべきものだったのでしょう。ですが、一人暮らしの方にとってはこの増量サービスはそれほどありがたいものではなかったのではないでしょうか。炭酸飲料は一度開封すると冷蔵庫に保管していても徐々に炭酸が抜けて味が落ちていってしまうものです。その限度は三日がよいところだと思います。三日以内に2ℓを飲み切るのは一人では困難だし、またコーラという飲み物の性質を考えるとそうしない方が賢明であるようにも思えてなりません。大生板でこの増量コーラの話題が出たときにも、一人暮らしの方はたいてい全部飲めずに捨ててしまう場合が多いと話していました。

お店で見る限りでは、そろそろ増量コーラも姿を消していってしまいそうな兆候があります。まだ2ℓコーラを買っていない方や普段コーラを飲まない方も記念に一本ぐらい買って飲んでみるのも悪くはないのではないでしょうか。

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そういえば、ビンコーラで美味しいですよね。

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超人サンダーボルト

熱帯の風雲児ボルト選手が偉業を成し遂げたニュースは皆さん既にご存知であると思います。100m走で世界記録の金メダルを獲得したのに続き、200m走でもB.J.以来破られていなかった世界記録を更新し金メダルを獲得しました。あと100年は破られないだろうとも言われていた記録がこうもあっさりと更新されてしまったのです。

ボルト選手の祖国ジャマイカは人口300万人にも満たない小国だとのことです。それでいて、陸上競技の決勝に数多くの選手を送り込んでいるのですから、国民の平均的な身体能力の高さが窺えようというものです。また、アメリカ代表の選手であっても、ジャマイカからの移民であるケースもあるわけで、そうしたものも含めると一体どれほどのジャマイカ出身の選手が世界で活躍しているのか気になるところではあります。

ジャマイカといえば思い出すのは映画『クールランニング』。これは、ジャマイカの選手がボブスレーの競技でオリンピック出場を果たした事実を元にして制作されたスポーツ映画で、とても面白いので観たことのない方は観てみるとよいかもしれません。しかし、出場はしても結果はあまり芳しくありません。熱帯国から冬の競技に参加するだけでも当然意義があるとはいえ、やはり国によって得意なスポーツとそうでないスポーツがあるのは否めません。ジャマイカ選手が本領を発揮できるのは何といっても陸上系の競技だと言えましょう。陸上選手の大半が黒人選手で占められている現実を見ると、人種によって特定の面での身体能力の差があるようにも思えてなりません。日本人が100mを10秒切って走れる日は果たしてくるのでしょうか。

ボルト選手が競技後に踊っていた不思議なダンスが印象的でした。あのダンスはジャマイカの伝統的なそれなのでしょうか。今回の功績によって、日本でもボルト&ジャマイカ旋風が起こり、是非いつの日か来日し、その走りを見せてほしいものです。

ドーピング検査が陰性であるように心から祈ります。

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夏休みの抱負

お久しぶりです。ここ一週間は親の実家に帰省したりゼミ合宿があったりでパソコンをつけない日々が続いていました。たまにはパソコンから離れて生活するのもよいものです。今は大体が携帯でPCの代替ができるとはいえ、無為に熱中することがないぶん、特に普段PCに興じている夜の時間を有意義に使えたような気がします。

さて、夏休みが始まり、早くも4分の1が過ぎ去ってしまいました。光陰は矢の如しであって、何も考えずに毎日を過ごしていると、何の進歩もないままだらだらとした生活を送ってしまう破目にもなりかねません。そこで、例によって、今年の夏休みも「抱負」を作って、極力それに則った時間の使い方を心掛けていこうと思っています。

抱負や目標は複雑すぎるとそれだけ実行が難しくなるもの。シンプルなのにこしたことはありません。そういうわけで以下の二つを掲げます。

①怠惰を避け、極力本を読み、勉強を欠かさないようにする。

②人との接点を極力持つようにする。

①については家でだらだらしたりと無駄な時間を減らすようにすれば割合問題なく実行できそうな気はします。問題は②の方です。人付き合いは当然ながら読書とは違って自分一人で行うことはできません。自分から積極的に行動を起こしていかなければ、またしても人との接点のない精神的ひきこもり生活が始まってしまいかねません。そうならないためにも、機会を見つけては人と関わる環境の中に入っていくようにして、そして、多少KYな扱いを受けてしまうのだとしても発言の回数を増やしていくようにしなければならないと考える次第です。

それと私の場合、「精神力」の数値が非常に低く、人と話していても1時間ぐらい経つと精神的な疲労に襲われてほとんど口をきかなくなってしまうという欠点があります(それは集団になったときに顕著で、リアルの私を知っている方は、私が最初はそこそこ皆と話していたのに、最後の方はまるで喋らず沈黙を保ち続けている姿を見かけたことがあるかもしれません)。これも人付き合いの少なさからくるコミュ力不足症候群の一つの表れでもあるのでしょう。そういう症例が表れたときには、自分を励まして発言を続けさせ、徐々に精神力を上昇させていきたいところです。

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人付き合いと簡単に言っても、友達と会う以外にはどこでその機会を作ったらよいのか悩むところ。教会には行ってみたいと思ってますが、それ以外だとオフぐらいしか思い浮かばないというのも。mixiのオフにでも行ってみましょうか…。

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古代への情熱

先週『文字の歴史』というタイトルの本を読みました。楔形文字やヒエログリフ、漢字や後にローマ字アルファベットへと引き継がれていくフェニキア文字など紀元前1000年以上前より人類は話し言葉とは別に書き言葉を発明し、自らの精神遺産を後代へと伝えるための基礎を形作ってきました。この本は、そうした文字がどの地域でどのように使われるようになったか、どのような媒体に書かれていたのか(パピルス、石版、粘土、羊皮紙、紙…)、そしてそうした文字のうち長い間謎のまま残されていたものがどのようにして解読されるに至ったのかを簡潔にまとめたものです。

私が中でも特に興味を惹かれたのは、古代文字解読劇の中でも最もドラマチックであったと言っても過言ではないシャンポリオンによるヒエログリフ解読に関する記述でした。この解読が齎された背景に、ナポレオンによるエジプト遠征によって、ロゼッタストーンをはじめとしてエジプトの古代遺産がフランスに大量に持ち込まれた出来事があった点は最早あまりにも有名です。

天才シャンポリオンは少年時代、ヒエログリフが未だに解読されずに謎のまま残されていると聞かされたとき「それならば必ず自分がその謎を解いてやろう」と堅く決意したと伝えられています。文字通りの語学の天才であった彼は10代後半にして10ヶ国語以上をマスターし18歳にしてグルノーブル大学の歴史学教授の地位に就きました。余談ですが、ヒエログリフ解読のために彼が最も重視した言語の一つが4世紀頃よりエジプトで使われていたコプト語であったのだそうです。コプト語といえばあのナグ=ハマディ文書が書かれた言語としても有名です。

シャンポリオンの少年時代から続く情熱は後に実を結び、見事にヒエログリフ解読に成功しその名を永久に歴史上に残すことになりました。文字が一度失われてしまってから2000年も経ってからの解読だというのですから感想としてはただただ脱帽の一文字しかありません。私など、現代もまだ現役バリバリに残っている言語(英語をはじめとして)を何とかマスターしようと必死になっていてなかなか上手くいかないのですから、その才能の一部でもいいからわけてほしいと思ってしまいます。

それはそうと、偶然のめぐり合わせとは面白いもので、誰かの噂をしているときにその当人が表れるなどというのはしばしば起こるものです。それと同じように、ちょうど興味を持ち始めたテーマに関する本に本屋でばったり出会うという経験もあるもので、先日本屋に行って新潮文庫の棚を見ていたら何と『ロゼッタストーン解読』(アドキンズ夫妻著)という本が置いてあるではないですか。古い本であれば古本屋で探してみようかとも思いましたが、出版日を見ると二ヶ月ほど前に出たばかりの新刊のようです。そこでしばらく立ち読みをして内容を確かめてみたところ非常に興味深かったので買ってしまいました。

私は元々非常に物事にのめり込みやすいタイプなので、一度何かの話題に熱中するとそれに関する文献を色々と読み漁ってみたくなってしまいます。就職や出世には何の役にも立たないかもしれないけれど、自分の趣味は趣味として純粋に追及しながら生きていきたいと思う今日この頃です。

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この前ブックオフのセールでファーブルの『科学物語』を発見しました。これは昆虫記と合わせて一生の宝になりそうな予感。

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神奈川新聞花火大会

一昨日はみなとみらい臨港パークにて開催された神奈川新聞花火大会に行ってきました。前日深夜一応大生にスレを立ててみて、オフスレではないものの、もしかしたらスレ上で誰かと意気投合して合流できるのではないかという儚い想いを抱き、捨てアドを晒したりもしてみたわけですが、結局誰からも参加表明はなく一人で行くことになりました。クリスマスにせよ花火大会にせよ、これらのイヴェントが開催される日のみなとみらいはリア充とカップルの巣窟となり、普通であれば一人きりの非リアは近づかないのが身のためだと言えます。ですが私は人生の辛い現実を直視するためにも、また板に還元するネタを見つけるためにもこうしたイヴェントには割と積極的に参加するようにしているのです。

さて、桜木町には18時頃には着きましたが駅前は予想以上の混雑でみなとみらいに向かう道は警察官によって規制が行われていました。花火が始まるまでまだ1時間近くあったので、私はいったん野毛方面に引き返し、久々に一蘭ラーメンを食べたり、コンビニや酒屋で梅酒を探したりしてぶらぶらとしていました(梅酒が見つからなかったため結局お酒は諦めましたが)。そして気付いたら19時をまわってしまっていたので慌ててみなとみらいへと引き返しました。

再度みなとみらいへ来ると先ほどよりも混雑度は増していて、その中を歩いて日本丸の近くにまで行きました。初めはこの場所で花火を観ようと思っていたのです。しかし、ここで大きな問題に直面しました。それは、この場所からだと、インターコンチネンタルホテルに隠れて花火が一部分しか見えないということです。そのため私はやむを得ず場所を変える決心を即座にしたのでした。赤レンガ方面はすでに入場規制がかかっていたので、臨港パークの方に歩いていく。ここで移動している間は花火が完全にホテルの裏側に来てしまい、花火の姿は全く見られずその轟音が虚しく辺りに響いているだけでした。

臨港パーク付近にたどり着くとここも入場規制のため中には入れなくなっていると分かる。仕方がないので横浜国立大ホールの前辺りのところで花火を見ることにしました。この建物はそこまで背が高くないので、大体の花火は全体を綺麗に見ることができました。そんなこんなで8000発の花火が21時前まで打ち上げられ続け無事終了。

みなとみらい地区は高い建物が多いため観る場所を考慮しなければ満足に花火を観られず不完全燃焼のまま終わってしまいかねません。今回は、早めに行って臨港パークor赤レンガに席をとっておくべきだったのかもしれません。あるいは山下公園・大桟橋辺りなどは穴場でもあったのでしょうか。距離はあっても途中遮る建物はありません。

来年もまた行く機会があれば、観る場所をあらかじめ決めてから行くのがよさそうだという教訓が残った一日でした。

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ブログでも何度か紹介したロシア文学の名翻訳家工藤精一郎氏が亡くなられたと、名無しの方が自スレで教えてくれて知りました。魂の平安を祈りながら氏の翻訳作品を読み進めていこうと思います。

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本は極力買って読みたい

前回渡部昇一氏の『知的生活の方法』を紹介しました。その中で今でも印象に残っている話は他にもいくつかあってそのうちの一つが「本は惜しみなく買え」というものです。これは多くの知識人と呼ばれる方々が口を揃えて言っていることで特に目新しいアドバイスではないかもしれませんが、何度繰り返されてもそれだけの価値がある重要なアドバイスであるように思います。

確かに本は図書館に行けばいくらでもただで読めるでしょう。ただで読めるものにわざわざお金を払うのは勿体無いと思う人がいても無理はありません。ですが、それでも私は本は極力自分で買って読むようにしています。本を買って読むメリットについては上記の本にも詳しく書いてあるので興味のある方は目を通してみてください。また私自身もそれについてまた機会があれば書いてみるかもしれません。

バイトを始めて経済的に余裕ができるようになって本を割と惜しみなく買えるようになりました。私は基本本は古本屋で見つけるようにしているので「惜しみなく」と言ってもたかが知れていますが毎月一万以上は書籍代に費やされているのは間違いありません。私は非リア充なので、飲み会などはめったになく交際費が全出費に占める割合が平均的大学生と比べて非常に低いのもあり、本など趣味に使うお金にはそこまで苦労してはいません。余談ですが、以前バイト先にいたリア充系大学生は飲み会やら旅行やらの出費がかさみ毎月ギリギリの状態で生活していると話していたのを思い出します。

本を買うときはまずは古本屋をあたってみるようにしているわけですが、それでも見つからないときやどうしても欲しい本があった、また新刊で古本屋で見つかる可能性が低いときには書籍10%引きになる大学生協で新品を買うようにしています。今月で前期も終わりまたしばらく大学に行かなくなるのもあって先週は生協に置いてあった気になる本をまとめ買いしてきました。買った本のリスト。

①『自由論』(光文社新訳文庫)J.S.ミル

言わずとしれた政治的・社会的自由について論じた名著。気鋭の翻訳家山岡洋一氏の名訳が光る。

②『未成年(上)(下)』(新潮文庫)ドストエフスキー

昨今のドストエフスキーブームに乗って、絶版となっていた『未成年』を文字を大きくして復刊。工藤精一郎氏訳なのも私には嬉しかった。

③『西洋中世奇譚集成皇帝の閑暇』(講談社学術文庫)ゲルファシウス

あまり聞きなれない著者ですが、中世の「先駆的民俗学者」として最近注目を集めているのだとか。内容は、魔女やら魔術師やら人魚やらの伝説を民衆の話を聞きながら纏めていったものなんだとか(まさに現代の民俗学者そのもの)。中世の伝説に興味を持っていた私は迷わず購入。

④『英国民教会史』(講談社学術文庫)ベーダ

著者ベーダは7,8世紀に生きていた聖職者で「イギリス史の父」としても知られているという。少し読んで文章がうまく面白かったのとキリスト教的歴史観のより源流に近いところを知りたかったのもあって購入。

他にも古本屋で買った本など含めると先週だけで一万近く本を買ってしまったような・・・。夏休みが始まるので、これまで買って読んでいなかった多くの本と合わせて順に消化していこうと思っています。読書にそして人付き合い(オフが中心になるでしょうが)に有益な夏休みを送っていきたいところです。

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