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終電に乗り遅れて…

先週末のことでした。都内で夜中バイト帰りにブックオフ某店で本を探していたところ、終電の時間に遅れてしまい、横浜駅までしか帰れなくなってしまいました。そこで、久しぶりにどこかのお店で朝まで時間を潰そうと思い、ぶらぶらと駅を彷徨っていたわけです。候補にあったのは、マックかファミレスかネット喫茶だったわけですが、マックは多くの店舗で3-5時までメンテナンスのために追い出されるのを思い出してやめ、ネット喫茶はやや割高なのとネットで時間を浪費してしまいそうなのと仮眠をとる必要もなさそうだと思ったのとで結局ファミレスで朝まで過ごすことに決めました。

料理一品とドリンクバーだけを注文し、ブックオフで買った岩波新書をずっと読んでいました。最近のドリンクバーはお茶や紅茶類の種類が豊富で茶好きとしては嬉しい限りです。そんなわけで、途中何杯もお茶をおかわりしながら、極力携帯でのネットは控えて、本を読み続け、その日のうちに一冊読み終えてしまいました。

こういう経験をして改めて思うのは、自分がいかに普段時間を浪費しているかということです。家にいるときは夜ネットやら携帯やらで多くの時間を費やし、勉強のために割かれる集中した時間は短くなってしまいます。昔『「超」整理法』を読んでいたら、その日一日に何をやっていたかを詳しく書き出してみるといい、そうすればいかに時間を無駄に使っているかが分かる、というような内容が書かれていましたが、それは全くその通りだと思います。私もこの歳になってきてやっと取り戻せない時間の大切さが見にしみて分かるようになってきて、お金の無駄使い以上に時間の無駄使いは許されないと思いながらも、油断をしているとついつい無為に時間を過ごしてしまいます。自由に使える時間の貴重さを再度噛み締め自己啓発に励みたいところです。

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大生にリア充が増えてきたとは言っても

学祭シーズンであるはずなのに、スレでミスコンを除いてはそれに関する話題がほとんど出ていないのに少し安堵を抱きました。私自身学祭の存在をほぼ忘れていて、授業で「来週は学園祭だから休講だ」という話しを聞いて初めて「そういやあったな、そんなイヴェントも」と思い出すようなくちであり、来週に控えている学祭を完全な傍観者の目で見ている人間の一人です。

大生の何かのスレで「学園祭はゴールデンウィーク」というような絶妙な副題がつけられているのを目にしましたが、まさにそれはその通りで、学祭期間が一日多ければ、我々にとってはその分休日が増えるのを意味するわけです。大生の大半の住人に

仮に学祭に参加するとしたら、以前のように、オフ関連もしくはスレでのネタを見つけるために一人で乗り込みに行くというようなことがあるかもしれません。しかし、正直に言ってリア充の祭典である学祭は非リアが乗り込んでいったところで決して面白いものではなく、特に昨年の私のように早稲田祭などに一人で乗り込んでしまえば、あまりのリア充オーラに圧倒され、学内にいたたまれなくなって、数時間もせずに脱出する破目に陥ってしまうでしょう。行くのであれば、リア充学生の実態を大生に報告するための「視察」というぐらいの感覚で行けばきっと間違いはありません。

ああいうイヴェントを企画し参加するよりも、家で本を読むなり、ネットに書き込みをするなりする方に大きな喜びを感じてしまう人間からするとなぜ学祭などが飽きもせず毎年開かれているのか疑問に思うわけですが、それこそが価値観の違いであって、リア充と非リア充の発想の差を典型的に示しているのかもしれません。

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失って初めて分かる大切さ

とはよく言ったものです。普段何気なく生活している中で、意識していなくても実は重要な役割を果たしていたというものがあり、例えば、断水の時には水の、停電の時には電気の大切さを思い知らされるものだと思います。そして今の時代、携帯電話もそうした類の必需品であると言えないでしょうか。

昨日は講義もなかったため夕方まで家にいて、その後出かけたわけですが、外出して数分後に携帯を忘れてしまったことに気付いたのでした。私はこの一年ほど携帯を持たずにどこかに出かけたことはほぼ皆無だったと記憶しています。家に引き返して携帯を取ってこようとよほど思ったものでしたが、そこでふと「たまには携帯のない時間を過ごすのも悪くないかもしれない」と考え直しそのまま数時間ほど行動してみることに決めました。

そうして分かったのは、自分がいかに無意識のうちに携帯に依存してしまっていたかということでした。まず携帯を忘れたと気付いたときに禁断症状に襲われましたし、その後何度も、スレのチェックをしなければとなどと思いながら普段携帯を入れているところへ自然と手が伸びてしまったりしていました。それともう一つ、私は腕時計をしないタイプで、携帯で時間のチェックをしていたため、時間の管理が上手くいかず困ってしまいました。(こういうときもあるので、腕時計は習慣としておきたいところです。ずっと欲しいと思い続けてきたわけですが、なかなかいい値段で適当な腕時計が見つからず今に至っています。)

10年前までは携帯などなくても余裕で生活できていたのに、今では最早それなしでは生活が成り立たないと言っても言いすぎではありません。友達と待ち合わせをするにしても、携帯なしに済まそうと思えばどれだけ手間がかかることか…。普段当たり前に思っていることのありがたさを改めて思い知らされた数時間でした。

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携帯見られないときに、誰かから遊びの誘いのメールでもきてたらどうしようと不安になりながら帰宅したところメルマガ含め一通も届いてなくて安心したのでした。

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今年の流行りはネルシャツ?

大学生活板を見る限りでは、今年は巷ではネルシャツが流行っているのではないかということです。私自身はまだセレクトショップなどを見てまわったわけではないので、詳しいところはよく分かりませんが、唯一私にもそれが感じられたのは、定番のユニクロに足を運んだときでした。ユニクロでは、今年の秋はネルシャツに力を入れているようで、夏のポロシャツと同じぐらい多種多様のネルシャツが置かれていて、これまた種類だけを考えればこれらだけで秋を越せそうな雰囲気を漂わせてはおりました。

しかし、ネルシャツには一つ大きな欠点があると思います。それは、数年前、電車男の影響で脱オタブームが起こり、結果「オタクファッション」とはどのようなものかが強調され、そうした格好がオタクのトレードマークであるかのようなよからぬ烙印を押されてしまいましたが、ネルシャツはその時まさにオタクの定番アイテムの指定を受けた代表格であったという点です。元々ネルシャツはジーンズと並ぶアメリカンカジュアルの典型だと私自身は理解しています。しかし、日本においてはネルシャツやチェックシャツはオタクのイメージと結びつけて捉えられているように思えます。

それでは、ネルシャツは今や日本においては無条件にオタクのアイテムなのでしょうか。もちろんそんなことがあるはずはありません。ネルシャツはよくもわるくも定番中の定番のアイテムであり、それがオタクの専売特許であったなどという話しは聞きません。一つ言えるのは、ネルシャツは「人を選ぶ」、つまりは着る人によって、雰囲気が大きく変わってくる一種のバロメーター的なアイテムであるのかもしれないということ。オタ系の要素がある方が着れば、世間のイメージと被ってオタクと見なされてしまうでしょうし、そうでなく体育会系や爽やかな方が着れば所謂「アメカジ」というジャンルとして、街を歩いていても様になってくるのかもしれません。

そうしてみると、ユニクロが今秋ネルシャツに力を入れてきたのは、ユニクロが主にオタ系や脱オタ系、もしくは地味系統の若者を主な客層としている(?)点を考えると、選択としてはどうだったのだろうかと考えざるをえません。私自身変に脱オタ知識が見についてしまったせいか、ユニクロファンでありながらもネルシャツを買うのには抵抗を感じてしまいました。

しかし私はあまりにも周りの目を気にしすぎているのかもしれません。ネルシャツと言っても色々あるわけで、本人のセンスによっては、たとえ顔がオタ系であっても、立派に着こなせるはずでしょう。ネルシャツ=オタクというような誤った固定観念を捨て、自分の素直な感性に従って服を選んでいきたいところです。おそらくユニネルも今秋一着か二着は買っているに違いありません。今年のネルシャツの流行りが、世間の悪しき固定観念の崩壊に少しでも訳に立てばいいのですが…。

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キャンパス内にローソン出店

今月初め新学期になり大学に行ってキャンパス内を歩いていたときにふと工学部の食堂となりにローソンがオープンしたのを思い出して、普段決して行くことのない工学部の敷地を通りできたばかりのお店を見に行ってみました。

うちの大学は元々はゴルフ場であっただけあり、この辺の大学にしては異常にキャンパス面積が広いほうなのです。正門を入り、文系学部の建物がまず建っていて、その奥に言ったところに工学部関連の建物が林立する形になっていて、非常に広大な敷地を工学部が占有しています。私自身、もう長い間今の大学に通っていながら、工学部の方の一番はしまでは歩いて行ったことがないほどです。

そんな広い敷地内に、工学部向けの食堂や売店があり、そこに隣接したできたローソンを目指して私はその日歩いていったわけですが、予想以上に遠く改めてキャンパスの広さを思い知らされました。迂回してしまった可能性はあるものの、正門から歩いて10分程もかかってしまったような気がします。これでは、工学部の人たちがキャンパス内を自転車で移動するのも無理はありません。

そうしてローソンにたどり着いてみると、オープン日なだけあって、店内はとても活況を呈していて、店員も声を張り上げて会員カードの案内だかをしていました。オープン記念で一部の商品が安くなっていて、おにぎりが全品50円引き、スイーツ(笑)も全品50円引きで、レジの方を見るとからあげクンまで50円引きになっていました。これまで一度もかりあげクンを食べたことがなかったので、いい機会だと思い買って食べてみました。そしたら、これが予想外に美味しかったわけです。ジャンクフードによくありがちな危険な旨さとでもいうのでしょうか。マックなどと同じでああいう食べ物は毎日食べたいとは思わないけれど、たまに食べると美味しく思えるものですね。

そんなわけで、これほど文系テリトリーと離れていては最早「コンビニ」だとも言えず、おそらく今後めったに足を運ぶことはないでしょうが、今回の出店がきっかけとなって、文系側の方にも新たにコンビニが出店してくるかもしれません。是非私が卒業する前にコンビニでもスタバでもレストランでも何でもよいので、民間業者が出店してきてほしいものです。

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ところで「からあげクン」って植田まさしさんの漫画「かりあげクン」のパロディーですよね。本人に許可取ってるんでしょうか…。

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お酒はほどほどに

お酒に対する評価は人それぞれです。ある人はそれを「百薬の長」だと呼ぶし、そうかと思えば他の人は「命を削るカンナ」だと貶します。最近の医学的見解によれば、適度なお酒は健康を増進するかもしれないとのことですが、お酒には中毒性があるので、普段全く飲まない人が無理に飲むほどには医者もお酒をすすめていないようです。

私もお酒は嗜む程度で飲みたいと願う者の一人で、お酒を飲む頻度は多いものの、飲む量自体は極々微量だと言えるかもしれません。「頻度が多い」とは言っても、それは「普通」の大学生のように飲み会に行く機会が多いという意味ではありません。飲み会などはめったになく、外で誰かとお酒を飲むのは一ヶ月に一度程度でしょうか。私がお酒を飲むのは主に家にいるときです。外でめったにお酒を飲まない分、自宅でそれを嗜み大学生としてのお酒の不足を補っているのです。

その際に飲むのは梅酒やカルテル、紫芋のお酒など甘いお酒が中心です。ビールや日本酒、ウィスキーなど苦いお酒は未だに味が分からず、まず飲むことはありません。そして一回で飲む量は、梅酒であれば20~40ml程度、カクテルであればコップ一杯程度といったところです。ちなみに梅酒のような度数の高いお酒は養命酒に付属していた小さなカップを用いて飲むようにし、飲みすぎを防ぐようにしています。

こんな具合ですから、一度買ってきたお酒はなかなかなくなりません。500mlの梅酒であっても一日25mlずつ飲めば毎日飲んでも20日は持つ計算です。さらに、一種類のお酒だけでなく数種類のお酒が入っているとあっては、さらに「寿命」は引き伸ばされます。ビンで買ってきたお酒は平均して2~3ヶ月はもっているかもしれません。二ヶ月ほど前に、スティーブンソン『宝島』の影響で買ってきたジャマイカ産のラム酒はよくコーラと混ぜてラムコークにして飲んでいますが未だに半分ぐらい残っています。

家飲みの利点は、何を置いてもコストパフォーマンスのよさが挙げられます。外で飲めば600円以上するようなお酒でも、自宅で自分で作れば数十円の費用で作れてしまいます。しかも、お店で飲むお酒よりも美味しいお酒が簡単に(例えば、ルジェ・カシスにストレート果汁のオレンジジュースを混ぜて作ったカシスオレンジはどれほど高級感があるものか)。騒いだり談笑したりが目的でなく、純粋にお酒を楽しみたいのであれば、本格的なお店に行くか、もしくはこうして自分で作るにこしたことはありません。

一般的大学生とは違って、飲み会で飛んでいくお金がほとんどない分、私は少しぐらい値が張っても美味しいと思えるお酒を買って、適度に楽しみながら飲み続けていきたいと思っています。

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