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キャンパス内やカフェなどで、近くにいる大学生の集団が楽しそうに談笑しているのを見たとき。
長い学内ぼっちライフで感覚が麻痺しかけているとはいえ、そんなごく普通のありふれた光景を見てたまに、自分がその「当たり前」から締め出されている現実に気付く。
「平凡な」生活を送るのって、簡単なようで難しい気がしてなりません。
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2009年11月 9日 (月) 大学生活 | 固定リンク
ワロスwwwwwwwwwwww
投稿: | 2009年11月 9日 (月) 11時57分
人によって平凡って違いますから何とも言えません。 ただ、ぼっちの中でもぼっちなりの幸せを見つけて生活していくと言うのが精一杯のキャンパスライフなのではないのでしょうか。
悩んだ時は、ドストエフスキーの名言を思い出すと良いと思います。
投稿: orif | 2009年11月 9日 (月) 18時34分
あるよねー でもわりきるしかない
投稿: | 2009年11月 9日 (月) 22時07分
強がりかもしれませんが、あえて書きますね。
僕も、学校内ではぼっちです。 確かに、寂しい面もあります。友達が居れば、色々なことを話せたり、共同作業をしたり、独りでは出来ないことが出来るからです。 ただ、その反面、ぼっちでよかったなーと思うこともあります。 それは、周りの大学生(特に自分の学校の人達)はおばかな人が多いからです。 くだらない話で盛り上がっていたり、その場しのぎのことしかしていなかったり、僕の目から見たら無駄なことをして過ごしている人があまりにも多く居ます。 しかも、そこには独特な空気があり、そこに参加していたら、まともな人でさえおばかになってしまうような淀みがあります。
おばかな仲間になるぐらいだったら、独りで居るほうがまだマシだと僕は思います。
投稿: 山猫大地 | 2009年11月 9日 (月) 23時33分
地下室の住人になる事に決めました( ^ω^)
投稿: | 2009年11月10日 (火) 01時12分
スーパーで、楽しそうにはしゃぎながら、酒やおつまみの品定めをしている学生集団を見掛けた時。
投稿: 童貞おじさん | 2009年11月10日 (火) 17時02分
私は学生時代は、サークルや部活以外の人、クラスメイト(大学の同級生・一年は必修が多いから顔ぶれが同じになる事が多い)とはほぼ全くかかわりませんでした
サークルも、同級生がほとんど集まらず(Fランクはサークルもごく一部しか活動しない)、先輩とばかり交流してましたw
理由は山猫大地さんとほぼ同じですね
ただ、コミュ力を高める絶好のチャンスをみすみし逃しちゃったなあとも、今少し思えて後悔もしたりします
ただ、ぼっち気質を卒業まで貫き続ける度胸も無く、学園祭の準備の手伝い(補佐と言っていた)は、いろいろな参加しました それに集中していったのが三年生以降というから、また非常識なんですけどねw
投稿: お味噌汁 | 2009年11月10日 (火) 23時13分
>名無しさん 客観的に見ると面白くても、よく考えると笑えない状況であるのにも気付きます。
>orifさん それは私もそう思うし、ぼっちだからと言って毎日苦痛を感じながら過ごすのは勿体無さすぎます。ぼっちならぼっちなりに、ネットや読書、食べ歩き、ヒトカラなどいくらでも楽しむ手段はあるわけですから。 ドストエフスキーの名言とは「人間はすべてに慣れうる動物である」というやつでしょうか。これはまさに真理で、刑務所内だって耐えられるようになるのだから、ぼっちライフはもっと有意義なものにしていけるはずです。
>名無しさん そういうときは2chにカキコでもするに限ります。
投稿: 読書くん | 2009年11月11日 (水) 01時57分
>山猫大地さん ぼっちも必ずしもデメリットばかりではなく、例えば「自分の時間が持てる」といったようなことは確実にメリットと言えると思います。 人付き合いに関しても、特に邪悪な人間や卑劣な人間と付き合うぐらいなら一人の方がマシでしょうし、こういう面でも集団に属するのが無条件でよいわけではないのが分かりますね。
>名無しさん 今はそれでもネットがあるから耐えられるかもw ドストエフスキーの作品のような真性の地下室住人は正直精神的にキツイw
>童貞おじさん それも結構きますね。 あと駅前でサークルか何かのリア充集団が待ち合わせしてる光景とか。
>お味噌汁さん 適度に距離を置いて集団に関わり、深入りしないのが楽しくキャンパスライフを送るには一番なのかもしれません。 関係深すぎると、ドロドロした人間関係に巻き込まれてめんどくなるとも聞きますし。
投稿: 読書くん | 2009年11月11日 (水) 02時09分
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ワロスwwwwwwwwwwww
投稿: | 2009年11月 9日 (月) 11時57分
人によって平凡って違いますから何とも言えません。
ただ、ぼっちの中でもぼっちなりの幸せを見つけて生活していくと言うのが精一杯のキャンパスライフなのではないのでしょうか。
悩んだ時は、ドストエフスキーの名言を思い出すと良いと思います。
投稿: orif | 2009年11月 9日 (月) 18時34分
あるよねー
でもわりきるしかない
投稿: | 2009年11月 9日 (月) 22時07分
強がりかもしれませんが、あえて書きますね。
僕も、学校内ではぼっちです。
確かに、寂しい面もあります。友達が居れば、色々なことを話せたり、共同作業をしたり、独りでは出来ないことが出来るからです。
ただ、その反面、ぼっちでよかったなーと思うこともあります。
それは、周りの大学生(特に自分の学校の人達)はおばかな人が多いからです。
くだらない話で盛り上がっていたり、その場しのぎのことしかしていなかったり、僕の目から見たら無駄なことをして過ごしている人があまりにも多く居ます。
しかも、そこには独特な空気があり、そこに参加していたら、まともな人でさえおばかになってしまうような淀みがあります。
おばかな仲間になるぐらいだったら、独りで居るほうがまだマシだと僕は思います。
投稿: 山猫大地 | 2009年11月 9日 (月) 23時33分
地下室の住人になる事に決めました( ^ω^)
投稿: | 2009年11月10日 (火) 01時12分
スーパーで、楽しそうにはしゃぎながら、酒やおつまみの品定めをしている学生集団を見掛けた時。
投稿: 童貞おじさん | 2009年11月10日 (火) 17時02分
私は学生時代は、サークルや部活以外の人、クラスメイト(大学の同級生・一年は必修が多いから顔ぶれが同じになる事が多い)とはほぼ全くかかわりませんでした
サークルも、同級生がほとんど集まらず(Fランクはサークルもごく一部しか活動しない)、先輩とばかり交流してましたw
理由は山猫大地さんとほぼ同じですね
ただ、コミュ力を高める絶好のチャンスをみすみし逃しちゃったなあとも、今少し思えて後悔もしたりします
ただ、ぼっち気質を卒業まで貫き続ける度胸も無く、学園祭の準備の手伝い(補佐と言っていた)は、いろいろな参加しました
それに集中していったのが三年生以降というから、また非常識なんですけどねw
投稿: お味噌汁 | 2009年11月10日 (火) 23時13分
>名無しさん
客観的に見ると面白くても、よく考えると笑えない状況であるのにも気付きます。
>orifさん
それは私もそう思うし、ぼっちだからと言って毎日苦痛を感じながら過ごすのは勿体無さすぎます。ぼっちならぼっちなりに、ネットや読書、食べ歩き、ヒトカラなどいくらでも楽しむ手段はあるわけですから。
ドストエフスキーの名言とは「人間はすべてに慣れうる動物である」というやつでしょうか。これはまさに真理で、刑務所内だって耐えられるようになるのだから、ぼっちライフはもっと有意義なものにしていけるはずです。
>名無しさん
そういうときは2chにカキコでもするに限ります。
投稿: 読書くん | 2009年11月11日 (水) 01時57分
>山猫大地さん
ぼっちも必ずしもデメリットばかりではなく、例えば「自分の時間が持てる」といったようなことは確実にメリットと言えると思います。
人付き合いに関しても、特に邪悪な人間や卑劣な人間と付き合うぐらいなら一人の方がマシでしょうし、こういう面でも集団に属するのが無条件でよいわけではないのが分かりますね。
>名無しさん
今はそれでもネットがあるから耐えられるかもw
ドストエフスキーの作品のような真性の地下室住人は正直精神的にキツイw
>童貞おじさん
それも結構きますね。
あと駅前でサークルか何かのリア充集団が待ち合わせしてる光景とか。
>お味噌汁さん
適度に距離を置いて集団に関わり、深入りしないのが楽しくキャンパスライフを送るには一番なのかもしれません。
関係深すぎると、ドロドロした人間関係に巻き込まれてめんどくなるとも聞きますし。
投稿: 読書くん | 2009年11月11日 (水) 02時09分