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才能の無駄遣い

芸は身を助けるという言葉がある通り、特技はいつどんなときに役に立つか分かりません。

その場限りで、他にはどうにも活かしようがないのではないかというような特技であっても、それが思わぬところで力を発揮するケースがしばしばあるもので、その意味でも、人間色々なことに興味を持って挑戦してみるのは大切だと思わされます。

私がこんな発言をしたのは、板でも少し話題になってきている、例の彼の料理ブログを見て、その内容の面白さに感心させられたからなのです。

毎回必ず、架空人物からの投稿というネタを織り交ぜながらレシピを公開するその発想は、素人レベルでは凡百なものとなりがちな料理ブログに新風を齎したと言えるでしょう。

架空人物を次々に創作していく能力は、才能の部分もあったのかもしれませんが、おそらくは例のあのバイトのときに、練習によって磨きをかけたところが大きいのではないか。

バイト自体は、確かにあまり褒められたものではないし、非難に値するものであったかもしれない。

しかし、過去は過去として、そこで培われた能力を用いて、純粋なエンターテイメントという分野に挑戦したのは賢明な選択であったように思えます。

ちょうど、元ハッカーが、世界的に有名なSNSを作り上げたとか、そういう話に通じるところがあります。

ニコニコのタグでも「才能の無駄遣い」というのがありますが、現実世界を見ても、才能を間違った方法で用いてしまっているとしか思えない勿体無い人間は腐るほどいます。

せっかく努力によって花開く才能があったとしても、それが間違った方向にいってしまったのでは本人と社会双方にとって不幸でしかありません。

全ての人にとって何らかの才能は、よい方面で発揮されるようにただただ祈るばかりです。

※コメントいつもありがとうございます。前回の記事のコメントにも明日か明後日には返信するつもりでいます。

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チョコレートは主食

チョコレートは主食と言ったら言い過ぎではあるものの、たまに時間(とお金)がないときなどは、サッと昼食を済ませてしまうために、チョコレートを昼飯の代用にしてしまうことはたまにあります。

ご飯の代わりにお菓子なんて不健康だ、と思われるかもしれませんが、案に相違して、栄養価の面で見れば、そうとばかりも言えないところもありそうです。

チョコレートの原料となるカカオ豆は周知のように、ポリフェノールが多く含まれており、ビタミン・ミネラル類や食物繊維など身体の健康維持のために不可欠な栄養素もまた豊富に含有しています。

もちろん、混ざり物の沢山入った準チョコは味はともかく栄養面では劣るでしょうから、そういう緊急時には、シンプルな板チョコを選ぶようにするのがよいでしょう。

明治、ロッテ、森永あたりが有名どころではありますが、私はこれらの中で、明治板チョコを最もよく食しています。

明治だけ(確か)は、原材料に「植物油脂」を使用していませんでしたから。

チョコレートによる健康をもっと深く追求するのであれば、カカオ分のより高いチョコレート効果のような商品が理想なのかもしれませんが、あちらはあまりに甘みが少なすぎて満足度が低くなってしまう。

糖分が気になるときは、明治板チョコのブラックでもいいのではないかと私は思っています。

明治板チョコの何が優れているかって、あの値段と味とのバランスですよ。

あれほどの絶妙な旨さを備えたチョコがたった100円で買えてしまう現実にはただただ感謝するばかり。

○○だの××だのの一粒数百円するような高級チョコもありますが、はっきり言って、洋酒などで味付けしたわけでない普通のチョコであれば、明治板チョコにかなうチョコはそうそうないと思うのですよ。

アフリカ産でなく希少なベネズエラ産のカカオだけを使って作ったために高くなることがあっても、それはあくまでも希少性によって値が上がっているだけだと思いますし。

ほとんどの高級チョコはそれですらなく、明治板チョコと同じ産地のカカオを使っておきながら、パッケージや形に高級さを持たせて、高い値段で売っているというのが実情ではないでしょうか。

なので、プレゼント用ならともかく、普段食べるには明治板チョコで十分でないかと思えてなりません。

つまり、ここまでの文章を一言で表現するならば―「明治板チョコ最強説」。

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立ち飲み居酒屋が見た誤算

数年前ちょっとしたブームにもなった立ち飲み居酒屋を最近あまり見かけなくなってしまいました。

昔からあった店でチェーン展開もしている「ちょいのみてい」だったか、横浜駅5番街にもある店は残っていますが、最早立ち飲みの時代は去ってしまった感があります。

それはなぜかと考えれば、言うまでもなく、ここ最近の流行の格安居酒屋との競争に敗れたというのが一番の理由でしょう。

立ち飲み居酒屋のビジネスモデルとは何であったか。

それは、単価を下げるかわりに客の回転率を上げて総売上を保つ、というものでした。

そして、それは当時としては斬新で、それなりに客のニーズに合致したモデルでもありました。

しかし、激安居酒屋の登場が、そのモデルを完膚なきまでに叩き潰してしまった。

300円均一居酒屋から始まって、金の蔵Jr.に代表される270円居酒屋や、250円、もっと衝撃的なところでは180円均一(!)まで存在していると聞きました。

しかも、これらは、これまでと同じく、座って飲める普通の居酒屋という形態として広がっていきました。

こうなっては、立ち飲み居酒屋が太刀打ちできるはずもありません。

最早値段が変わらないどころか、むしろ立ち飲み居酒屋の方がおつまみなどの単品が高くついてしまうぐらいなのですから。

それも、激安居酒屋の方が料理の質が勝っていたりもする…。

激安居酒屋の隆盛は、立ち飲み居酒屋経営者にとっては大打撃であって、大きな誤算でもあったに違いありません。

割安な大手居酒屋チェーンに対抗するための新機軸であった立ち飲み居酒屋が、大資本の新たなる攻勢によって潰されてしまった。

ビジネスは弱肉強食であるとはいえ、昨今の激安居酒屋ブームは少々いき過ぎであるような気がします。

あれでは、個人で経営している居酒屋などは、よほど魅力ある店をのぞけば、数年以内に大半が消えてしまうのではないか。

消費者にとっては、需要の無い店は消えるのは当然だという冷徹な意見でそうした状況を眺めるのも一つの選択ではありますが、大手外食産業があれほどの激安でも経営できる裏には、そこで働く人間の過酷な労働と犠牲がある点だけは忘れてはならないように思えてなりません。

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エジプトのデモで思い出したデジタルディバイドという用語

私が高校生の頃、ウィンドウズ95の発売により爆発的に家庭用PCが普及し、ネット接続率が急上昇し、「デジタルディバイド」などという用語が流行したものでした。

情報の検索と収集に関してネットが持つ力は、それ以前のメディアと比べると天と地ほどの差があり、それを利用できる環境にあるものとそうでないものとで、大きな情報格差が生まれる、と。

当時としてはそんな憂慮がもっともらしく喧伝されていたわけですが、現在の状況を見る限りそれは杞憂であったとしかいいようがありません。

先日のチュニジア革命に続き、今回世界を震撼させているエジプトの騒乱も、原動力はtwitterやfacebookといったソーシャルネットサービスであったと言われています。

今回のデモを象徴するキーワードに「右手に石を左手に携帯電話を」というものがあったとか。

エジプトやチュニジアといった、それほど裕福とは言えない国であっても、これほどまでにネットが普及している現実を見て、高校生の頃の状況を知る私としては驚きを覚えずにはいられません。

それは途上国に限った話ではなく、日本でも同様です。

当時は、国内でも、ネットに繋げる人間とそうでない人間とに分かれ、後者は生涯情報社会から取り残される、というような悲劇的な予想がなされていたのに、今もしも同じ主張をすれば、その人は強制的に精神病院に入院させられても文句は言えないというほどの状況になってしまいました。

それどころか、かつて情報社会の敗北者と予想された層つまり貧困層ほど、ネットとのつながりが深くなったと見るのは間違った見方でしょうか?

外に出れば何をするにも金がかかる中で、ネットは2ch、mixi、ツイッター、ニコニコ動画などの魅力的なサービスがフリーで利用でき、その上月どれだけ使っても接続料は5000円もかからない、現代社会で最も金のかからない娯楽の一つとなってしまいました。

かつては金持ちしか利用できないと思われていたネットが、今では貧乏人の一番の娯楽になっていまい、時には貧困層をまとめ上げる道具としての役割まで果たすようになった。

これも歴史の皮肉の一種と言えるでしょう。

ランキング参加してます。よろしく( ´_ゝ`)ノ

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