« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

男子校だからいない歴年齢というのは本当か

今日帰りに横浜駅を歩いていたら、すぐ目の前に制服姿の高校生カップル(距離感からおそらく)が歩いていました。

男子の方は、鞄を見ると、某有名私立男子校の生徒であり、男子校のくせによく相手を見つけるものだと思いながらそのカップルを追い越したときでした。

男の方が何かしら相手に言葉を発しているのを聞いて、その一言だけで、「ああこれは彼女も楽にできるわ」と妙に納得してしまいました。

別に私はカップルの顔を見たわけではないので、イケメンかどうかは分からなかったのですが、少なくとも喋り方がイケメンのそれであり、男の私が聞いても、オスとしての魅力があるという点が本能的に察知できたからです。

異性との交流を得意とするリア充は一言何か発したのを聞いただけで、その性的魅力が伝わってきますし、逆に、見るからにいない歴年齢や仮に交際経験があったとしてもかろうじて付き合えたというレベルの人は人間的魅力や能力はともかく性的魅力という面で言えば、口を開いた瞬間に判明するケースが多い。

何か抑揚がおかしかったり、やたらとキョドっていたり、視線が全く合わなかったりと。

中高時代男子校で過ごしていた私のような人間は、ともすると、いない歴年齢のまま大学入学を迎えてしまったのは、男子校という特殊な環境に在籍していたからだと思い込みがちなところがあるのは否めません。

現に私も、入学時はそう思ってた節がありました。

しかし、大学でぼっちになり、彼女はおろか一緒に昼飯を食べる相手すら見つからないようなキャンパスライフを送っているうちに、そうした考えがいかに自己認識が甘く、誤ったものであるかを認識しないではいられなくなってきました。

高校まではまだよかった、少なくとも男子校という口実を幾らでも用いることができていたから。

大学ではそうした言い訳が一切通用しなくなってしまった。

確かに、男子校という環境にいたために恋人ができず、大学に入ってから自然とできたという方は幾らでもいるに違いありません。

ですが、おそらくそういう方々は、受験時には、恋愛よりも勉強を優先していただけであり、その気になればすぐに恋人ができていたのではないでしょうか。

少なくとも、男子校をいない歴年齢の理由に挙げる人は案外少ないのではないかと予想します。

そういえば、昔キャンパス内で新入生女子が下記のような発言をしていたのを思い出します。

「○○君自己紹介でやたら、男子校だから今まで恋人いなかったって強調してたけど絶対男子校関係ないよ。」

これは残念ながら、多くの場合真理であると思うのです。

中高時代はとりわけキモヲタは女子から迫害を受けるとも聞きますし、男子校出身非リアが共学に通っていたら、バッドエンドとしか言いようのない凄惨な学園生活を送っていた可能性もあります。

新入生の方は、自己紹介のときに「男子校出身だったからいない歴年齢」に類する発言は極力控えるようにした方がいいかもしれません。

| | コメント (14)

周りの目を気にしすぎるのも問題だ

とあるスレで、サークルやゼミの飲み会にホントは参加したくないけれど、自分がいないと、他の参加者が自分の悪口で盛り上がるかもしれない、それが怖いから参加するようにしている、というような書きこみがあった。

私には理解しかねる発想だ。

我々はナメック星人でもない以上、数km先の人物が話している声など聞き取れるわけではないし、自分の知らないところで、誰がどんな噂をしていようが、それがなぜそこまで気になるのだろうか。

飲み会に参加しようがしまいが、普段の活動時にだって、陰口や悪口はいくらでも叩かれているかもしれないというのに。

周りの評価に神経質になっていては、何も思い切った行動には踏み切れない。

他人の目を気にせず、自分の意思で物事を決めていくべきだ。

もちろん、それは他人の迷惑を省みず、好き勝手に振舞っていいってことじゃないのは当たり前だけれど、自分の良心に照らして恥ずべきところがないなら、いわれのない他人の中傷や陰口は気にせずに生きていけばいいと思うよ。

そんな発言できるのは、私が所属するグループを持たないディアスポラであるからかもしれないけどね。

| | コメント (16)

電子書籍が紙の書籍に置き換わったらまずい個人的な理由

あくまでも個人的な話であって、出版業界の大局的な見地から、電子書籍の功罪を論じようなどという気は全くないです。

過去何度も国内でも試みられては失敗に終わってきた電子書籍市場が、キンドルの成功もあって、非常に活発なものになってきています。

キンドルのような専用読書端末もあれば、アイパッドのように多機能端末の一アプリとして電子書籍事業に参入してきたケースもあり、今後ますます電子書籍の利用は拡大していきそうな勢いです。

未来予想図として、電子書籍が紙の書籍にとってかわる世界が描かれたりもしますが、これほど私にとってありがたくない状況はありません。

というのも、古本屋で格安本を買えなくなってしまいますからね。

某大手古本屋などに行けば、一昔前の本の多くは100円コーナーに置かれており、比較的新しい本であっても、半額から6割ほどの値段で用意に手に入る現状を思えば、いくら電子書籍が紙媒体よりも安価であるとは言っても、古本屋をメインに活用する本読みにとっては、決してありがたくない話であるどころか、むしろ大きな不利益を覚悟しなければなりません。

電子書籍には古本の概念はありませんから。

年数が経ち需要のない本については電子書籍でも100円で提供するというなら話は別ですが、そうしたフレキシブルな対応が期待できるとも思えません。

古本屋のヘビーユーザーにとっては、電子書籍オンリーの世界は脅威であるとすら言えるでしょう。

それは、古本屋で掘り出し物を探すという、私の人生における大きな楽しみが奪われてしまうことをも意味しています。

もちろんそれは極端で仮想の話にしか過ぎず、私自身は、どれだけ時代が進もうと、電子書籍は紙の本を補完する程度の役割しか持たないだろうと予想しています。

電子書籍と親和性の高いコンテンツってどんな内容かと考えると、第一に挙がるのは所謂読み捨て情報、一度読んだらまずもう二度と読み返しはしないだろう情報であって、その意味で新聞や雑誌、あと小説よりは一部の軽い漫画なんかが挙げられそうですね。

そういう、電子書籍にこそ相応しい情報があって、今後この市場で飛躍的に伸びていくのはそういったところだろうと予測されますがそれはまた別の話。

結論を言えば、105円コーナーで有用な本を見つけたときの感動をいくつになっても失いたくない、という点に尽きます。

| | コメント (8)

世の中に絶えて桜のなかりせば

桜の早くも散ってきています。

綺麗な花を咲かせたと思ったら、息つく暇もなく散っていく桜の花。

昔は見ても何の感興も覚えなかったのに、歳をとるにつれて、詩人が詠んだときの心境が多少は分かるようになってきました。

一瞬にして散りゆくさまは、まさに我々の人生そのもの。

殊に歳をとり、時間の経つのが早く感じられるようになると、与えられた時間の短さを実感するようになってきます。

タイトルの和歌を含め、最近はようやく日本古典の中に込められた繊細な精神をおぼろげながら理解できるようになってきているのを感じます。

高校時代は古文ほどつまらない科目はないと思い勉学をほとんど放棄してしまっていたというのに。

しかし、自己弁護をするわけではありませんが、古文の面白さを高校生に教えようとするのは土台無理な試みであるように思えてなりません。

授業で強制的に教えられて、つまらなかった記憶だけが残り、結局その後楽しめるような年齢になったとしても、古典を読まずにスルーしてしまう。

それは古典と読者双方にとって残念な話だとしか言いようがありません。

同じことはちょうど、夏目漱石や森鴎外といった文豪にも言えるかもしれませんね。

昔渡部昇一氏の著書を挙げて似たような発言をした記憶がありますが、詳説にせよ絵画にせよ和歌にせよ、過去の偉人たちの偉大な精神の賜物は、その大半が、しかるべきときに鑑賞されれば(好き嫌いはあるにしても)強い感銘を受けるものであって、過去の記憶を振り払って、それらを積極的に手にとるようにしていきたいものです。

| | コメント (15)

代ゼミタワーから見た新宿は絶景でした

もう震災前の話になります。

代ゼミの選考を受けに行きまして、筆記は無事通過して、その後1次面接を受けたところ、震災二週間後ほど経ってお祈りメールが届いた次第です。

広い教室で、黒板側と反対側の二箇所で同時に面接を実施したのもあり、他の受験者の受け答えが聞こえてきて少なからず憂鬱な気分に陥ったのはいつもの話。

周りと比較すると、就活生として嫌でも自分の面接レベルが劣っているのを実感させられてしまいますからね。

それも私の前教室に入った人や隣の人見てると、15分ほどは時間使ってるように見えるのに私は5分ほどであっさり終わってしまいましたし。

まあ、面接結果は後々への教訓に活かしていくとして、今回受けに行った収穫と言えば何と言ってもあの代ゼミタワーの内部に潜入できたこと。

竣工してもう何年か経ちますが、まだ一度も近くを通りかかったことすらなく、一度は行ってみたいと思っていたので、その意味では価値のある経験だったと言えます。

代ゼミタワーとは、代々木駅と新宿駅の中間地点あたりに造られた26階建てのビルで、教室はもちろん、レストランや学生寮などが備わっています。

驚きなのはこの学生寮で、上の方の階がこの目的のために作られており、主に東大京大医学部を目指すような優秀な受験生がここを拠点にして日々勉学に励んでいると聞きます。

それにしても、これほどの好立地でしかも、高層階にて生活できるとは、受験を度外視して見れば、これはまさに億ションでの生活そのものだと言えるのではないでしょうか。

ただ、調べてみると、家賃の方も月20万以上かかるようで、それなら自分で近くのマンション借りてもそれほど相場変わらないだろうし(階数考えれば代ゼミの方が多少安い?)、東大合格した後も月10万以上するマンションに平気で住むような上流家庭しか通えないのかもしれません。

何れにしても、見晴らしのいい部屋で、一年中勉強だけしていればいい環境は何とも羨ましくはありますね。

| | コメント (7)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »