昨日一日の出来事

昨日は、毎月一度はあるカラオケ店歌広場の半額デーでした。

そこで、割引や値引きに目のない私としては、利用しない手はないとばかり、夕方から一時間だけヒトカラを楽しんできました。

このカラオケ店は19時までは平日料金で30分100円で利用できるため、昨日は一時間利用しても100円という驚きの値段。

読書とネットを除けばこれほど安く遊べる施設はめったに見つかりそうにない。

そして、カラオケを終えた後は、近くのマックでドリンクとジューシーチキンを一本頼み200円支払い21時過ぎまで本を読み居座る。

それから、伊勢佐木モールのブックオフに寄って6冊ほど本を買い込みました。

岩波文庫のホメロス『イリアス』(上)(下)巻が両方とも100円コーナーに置いてあるのを見つけて、この作品に登場する英雄豪傑よろしく内心歓喜と鬨の声をあげながら手に取りました。

こうして昨日の出来事を並べ立てて何が言いたいかと言えば、世の中金のかからない遊びは探せば色々あるものであって、仮に貧乏暮らしを強いられたとしても、健康でありさえすれば、そう悲嘆するには及ばないのではないか、ということなのです。

そりゃ、今日一日の糧を得るのに精一杯、というほどの困窮した生活は送りたくないものですが、生活必需品を除いた可処分所得が数万もあれば、それなりに楽しい生活を送れるに違いない。

私は恐らく、社会人になっても、仕事を終えた後、カフェやらマックやらに行き、本を読むような生活を続けているような気がしてならないのです。

その程度の生活を送るためには、多少安月給だろうと、問題はない。

ただ、懸念すべきは、そうした「安月給」ですら得られる立場になれるだろうかという点であって、このラインは何としても超えていかなければならないと感じています。

崖っぷちに立たされ、後がねえ状態だってのに、10年後の自分を想像するとすげぇワクワクしてくるから不思議なものです。

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感性の衰えとヒットチャート

20歳を越える頃になると徐々に、Jポップのヒットチャートに興味が失せていき、かつて聴いていた曲ばかり聴くようになるのはよく見られる現象であるように思えます。

「青春の一曲」などという言葉もあるように、一生を通じて、音楽から最も深い感銘を受ける時期は思春期なのだろうし、歳を重ねてから、懐かしく思い出されるのはおそらくその時期に聴いた曲でもあるのでしょう。

戦争世代の方などは、たとえ歌詞内容が青春とは程遠いものであっても、軍歌が自然と口をついで出てしまうという…。

それはともかく、大人になってからヒットチャートを見ても、気に入る曲にはめったに出会えず、「最近の曲には名曲がない」という嘆きを発するようになる。

おそらくそうした嘆きは多くの場合、感性の衰えが原因だとは思うのですが、しかし、20歳過ぎると本当に感性が衰え新しいものを受け入れづらくなるのかと言えばそれは大いに疑問でもあります。

と言うのも、作詞家作曲家の方々は多くの場合大人であり、場合によっては40、50のおじさんが担当していたりするわけです。

だとしたら、彼らよりも遥かに年下な我々には、十分それらを理解する感性はまだ残されてると思うのです(もちろん、アーティストの方々は類稀な感性の持ち主であるとはいっても)。

要は、興味好奇心の問題、もしくは付き合いでヒットチャートをチェックする必要がなくなったなどの理由が大きいのではないでしょうか。

私などは、元々Jポップ自体ほとんど聴いておらず、ヒットチャートには興味がなかったものの、たまには惹かれるJポップソングもあったし、今でもそれは変わっていません。

こちらに関しては年数曲ある、まれに気に入った曲を聴く程度です。

好きなジャンルである、アニソン、メロスピなどは今でもネットで色々漁って、新しくいいと思える曲を幾らでも見つけられるし、私の予想では、恐らく20年後も飽きずにアニソンの新曲を聴いてそうな気がします。

感性が新鮮だと言うべきか歪んでいると言うべきかは分かりませんが、この歳になっても自分の趣味の世界で新しい楽曲を開拓できるというのは幸運なように思えてなりません。

その代償としてか、幸か不幸か「青春の一曲」と呼べるような曲は持ち合わせていませんが…。

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世界の美味しい食べ物TOP50に

韓国の料理が一つも入っていなかったというヤフーの記事

CNN関係者には韓国料理は馴染みのないものだったのかもしれない。

韓国料理屋は、日本でも中華料理屋に比べると遥かに店舗が少なく、街中でもあまり見かけることはなかったし、それは韓国文化の流入が進んだ今でもそれほど状況は変わっていないように思えます。

より正確に言うなら、店はあるにはあるが、その多くは在日の人たちを対象にしていて、はなから日本人客の取り込みを期待していなかったりもするというか…。

コリアンタウンのような割合閉鎖的な場所で纏まって店を構えているケースが多い。

私はそうしたお店にも、ネットで調べて足を運ぶことがしばしばありますが、日本の居酒屋と違い、お通しという不条理な料金がかからないどころか、サービスで小皿が大量についてきたり、一品一品の量が多かったりで、2000円もあれば、美味しい料理を満足いくまで食べられる。

まあ、韓国料理は日本人ももっと目を向けるべきだとは思いますね。

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最近よく見るトイレ用サンダルみたいなの

あれ流行りなのでしょうか。

最近よく若者がはいているのを目にします。

靴は何気に高い買い物なせいで、今年になってからはまだ一足も買い足しておらず、昔買った数足を交互に履く日々が続いています。

それもスーパーで買った3000円弱のスニーカーで、意外に耐久性が高く、使えています。

機能性という面で見れば、スーパーのアディダスやらナイキ辺りのスニーカーが一番優れていると思ってます。

オールスターなどは安売りのとき3000円で買っても、半年も履いたらボロボロになってしまう。

今下駄箱にある、数足を履きまわせばそれでいいのですが、流石に同じ靴ばかりでは何なのでそろそろ新しい靴をそれも、サンダルか何か新しいジャンルのを探してみようと思ったりしてます。

ab○マートの店頭でよく見る、トイレ用サンダルみたいなのは確か1000円かそこらの値段で手ごろではあっても、あの派手な色とへんてこな形はとても屋外向けとは思えません。

この際、日本人らしく本当の草履でも履いて出かけようかしらとも考えてますよ。

夏祭りの時期でもありますし、甚平+草履+風呂敷の純和風スタイルで横浜駅を闊歩し、涼しい風を巻き起こしたいところではあります。

ちなみに、親の実家が過疎地の古風な価値観の残る場所にあったせいか、私も小学生の頃は同級生の前でビーチサンダルを草履と呼んでいて笑われてしまったのは今ではいい思い出です。

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悪酔いはしても二日酔いはnonnonnon

大学生なら飲み会はつきもの。

私の場合は、自宅ではほとんど酒を飲まないし、飲み会もめったに参加しませんが、それでもたまには友人知り合いと酒を飲む機会に恵まれることもあります。

しかし、私は酒に強い方ではないのもあって、仮に飲み放題であっても、平均3杯、頑張って5杯ほどでアルコールはとどめ、その後はソフトドリンクに切り替えてきました。

そのおかげもあって、これまで幸いにも、二日酔いの不快感を味わわずに済んできました。

二日酔いになる前に、3杯も飲むとその場で悪酔いし、危険信号を感知するので、それ以上飲酒を重ねるのに困難を感じるようになります。

それで、その後飲み会が終わるまでのしばらくの間は気分の悪い状態が続くものの、2、3時間もすればまた元の平常な状態に戻り、翌日まで尾を引くことはない。

それでも、調子に乗って5、6杯飲んだときには、限度を越えているのを感じるのに、果たしてどれだけ飲めば私は二日酔いになれるのか。

二日酔いになる前に、急性アル中で病院行きになる方が先であるような気がしてなりません。

もちろん限界まで挑戦してみるつもりは全くありませんが…。

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いよいよ厳しい暑さが到来

今週は、震災以来初めて都心の方に公務員試験のためにおもむいたり、暑さのせいか睡眠時間が短かったりで疲れがたまっていたところに本日のうだるようなこの暑さ。

ますます寝苦しい日々が続き、体力を奪われてしまうような気がしてなりません。

予定がない日であっても、できるだけ朝早く起きるように心がけるのも、暑さ対策の一つとして有効であるはずなので、その点も実践していきたいところです。

公務員国家Ⅱ種試験、ボロクソかと思いながらも、受けるだけ受けてみようと試しに受験してみたら教養31/45専門18/40と予想以上の出来で、まあ、まぐれ当たりも相当数あったとはいえ、あと数問でボーダーに達する点数だったと知り、自分でも驚かされたというのが正直な感想でもありました。

確かに、筆記だけは、最低限の学力があれば、勉強さえすれば誰でも受かる試験だと言われているのは本当なのかもしれません。

しかし、問題は面接です。

昨今は人物重視だのというありがたくない傾向によって、かつてはコミュ障・社会不適合者の受け皿として機能していた公務員試験も、対人能力がヤバい人間は一発で落ちるようになっているようで、自治体によっては、面接を複数回実施したりGWを選考に含めたりと非リア包囲網は着実に張り巡らされています。

ただ、それでも民間企業に比べれば、公務員の面接が緩いのは間違いなく、私の年齢を考えれば、最後の砦ともなりうるのかもしれません。

もちろん、フリーターになる道は何としても避けなければなりませんが、仮にそうなったとしても公務員は29までは形式上は希望がある。

万一の場合は、来年もう一度リベンジしてみようと、今回試験を受けて思わされました。

まあ、今はそうならないように、民間も含め職探しに努めなければなりませんが…。

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例の「歴史的」イベント

何か今日例の総選挙終了したみたいですね。

これまで、akb自体にほとんど興味がもてず、総選挙の仕組みや意義も全く知らずにきましたが、今年はスレでその話題がされていたのもあり、そのイベントの存在程度は知ることができました。

何と言うか、今回のこの選挙騒動を見ていて感心したのは、「選挙商法」とでも言うべき製作側のあまりにも巧みな商才に対してでした。

まず選挙の投票権が新曲CDの購入によって獲得できるため、ファンは挙って大量購入。

ネタかホントか、ネットでは1人で5000枚も買い占めたファンがいたんだとか…。

それは極端すぎるとしても、アイドルファンの行動パターンを考えれば、1人で数十枚~数百枚は購入して、応援するアイドルの順位上昇に貢献しようと躍起になってもおかしくはありません。

地下アイドルのイベントですら、複数枚CDを購入するファンは珍しくないと聞きますから、国民的アイドルともなれば、ファンが費やす金銭と熱意も常軌を逸したものになるのも容易に想像可能です。

ここでさらににくい演出だと思ったのは、速報という形で投票の途中結果を公表してみせたこと。

当然そうなれば、ファンの投票意欲は大いに煽られるでしょうし、実際それを見て大量投票を決断した人も少なくはなかったでしょう。

それも初期の段階で公表することにより、その時点で下位に位置する候補であっても、まだ挽回可能で捨て票にはならないという期待を抱かせることができる。

そして、その販売戦略が見事に奏功して(?)、シングルCD発売初週で史上最高記録という「歴史的快挙」を達成。

極めつけが本日の総選挙開票イベント。

武道館で開催し、その様子を各地の映画館で生放送し、入場料を稼げるだけ稼ぐ。

投票から開票までこれほど巧みな商戦を仕掛けたしたたかさは相当なものがあるし、利潤の最大化という資本主義の行動原理から言えば、これほど理にかなった行動はなかなか見られるものではないのかもしれません。

こうしたやり方に眉をしかめる方も少なからずいるとは思いますが、私自身は、アイドル稼業も商売である以上は、できるだけ儲けが大きくなるようなやり方を採用するのは当然だとすら考えています。

だから、今回の選挙を見て、単に感心させられたというのが正直な感想で、別にそれを批判しようとは毛頭思っていません。

ただ、CDの売上げ記録に関してだけは、これを果たして音楽の業績として歴史に残していいものだろうかという疑問はありますが…。

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流行りのスマホに機種変してきた

最近は電車内でスマホをいじる人の姿を目にする機会が増えてきています。

それも若い人だけでなく、おじさんや時にはおじいさんおばあさん世代の方がタッチパネルと格闘してる姿を見かけることもしばしば。

もっとも、彼らの多くは、積極的にスマホを望んで変更したわけではなく、徐々に旧機種のシェアが減りスマホにとって代わられている中で何となくそうしたというに過ぎないのかもしれません。

私がスマホに変えた理由も、それほど積極的なものではなく、ガンガン学割を適用すれば、基本料金だけでなく、パケット定額料金も500円安くなり、旧機種の料金体系とそれほど違わない計算となり、かつ、先月の中旬より、スマホ各種がいっせいに大幅値下げされたのもあり、この機会に変えておこうと思った次第です。

ガンガン学割の受付期間が先月末までだったので、まさにそのギリギリの31日にショップに行き、IS06に切り替えてきたのでした。

この機種は、赤外線やおさいふケータイが使えなかったりで、あまり人気のない機種だったようで、毎月割を適用した後の実質本体価格が、他のは2万はしていたのに対して、これだけは4500円という投売りに近い価格設定。

今月のauカタログからも姿を消してしまっており、もう後は在庫をさばくだけの状態なのかもしれません。

しかし、不人気とは言っても、決してユーザーの満足度が低いわけではなく、むしろ、ネットの利用に関して言えば、auスマホの中でもかなり快適度が高かったりと、マイノリティながらも高い評価を誇っているように見えました。

赤外線機能は、店員に聞かれたときに、一瞬躊躇いは覚えましたが、よくよく考えてみれば、年に数回しかアドレス交換しないわけで、それなら全く不便を感じずに済むではないかと気付かされたのでした。

ただ社会人になったときに、必要性が生じ、困りはしないかとも思ったものの、その時はその時でまたその別に考えればよい課題でもあります。

そんなわけで、スマホに代えて、早速家で動作を試してみたら、入力やら動画再生やらあまりに便利すぎて感動してしまいました。

フリック入力で、今までと比べて遥かに楽に入力できるようになったのが特に嬉しい。

今はまだ、アップデートの関係でEメール機能が使えないのもあり、旧機種をメインで使い、IS06は家での利用に限定されていますが、PCメールの設定やら準備を済ませ次第、こちらをメインに切り替え、スマホらしい縦横無尽の活躍ぶりを見せてもらいたいところですね。

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最後のご奉公

最後のご奉公という言葉は今ではもう時代遅れとなってきている感もあります。

国家主義的な記憶がまだ色濃く残っていた一昔前ならいざ知らず、今では、仕事はあくまでも自分個人の豊かな生活のために為し、老後は、貯蓄と生活の保障さえあれば、あとは安穏と好きなことだけやって日々を送るという人生設計の方が魅力的に映るものであるのかもしれません。

また、そうでないとしても、70や80にもなって、あまりにでしゃばりすぎると今度は「老害」という批判を受けるもとになってしまうわけで、その辺のバランスの取り方は難しいところです。

しかし、仮に「老害」と言われようが、本人に実力があり、私的な利益を貪るためでなければ、老後社会活動に関わるのは大いに歓迎すべきであり、老人の知恵に若者は謙虚に学ぶべきであると私は考えます。

真の意味で、最後のご奉公と呼べるのは、周りから「この難儀な仕事を成し遂げられるのはあなたしかいない」と持ち上げられて、しぶしぶその地位に就任することであり、JALの稲盛さんなどがそのいい例であると言えそうです。

そして、そのように「ご奉公」をせまられるような老後は、その人の過去の充実したキャリアを如実に示しているわけで、少なくとも仕事の面では尊敬すべき人生を送ってきた証拠でもあります。

私も、「生涯現役」を理想としており、人生を終える直前まで仕事を続けていきたいと思っています。

その場合、自分の意思で続けるのとは別に、上に書いたように、周りの強い要望を受けて、重要な地位に就くという道もあるわけで、できれば、そうした老後を迎えたいところです。

自分はそろそろ隠棲しようと思っても、社会がそれをなかなか許してくれない、そんな人生こそ、私が思う最も理想的な人生の送り方でもあります。

もちろん、そこまで偉大な人生に到達するのは非常に困難ではあるでしょうが、目標だけは高く持ち、少しでもそれに近づけるように日々懸命に自己鍛錬を続けていきたいですね。

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東大卒タレントという存在について

最近たまに見る高学歴タレント、中でも東大京大卒タレントの活躍が目立っています。

お笑いタレントの世界は大学中退が高学歴と呼ばれた時代は今は昔、現在は大学卒業どころか、超難関大学出身者がお笑いタレント・アイドルになる時代になりました。

10年ほど前は、国立大学出身のグラビアアイドルが世間を賑わしていて、まあ私自身も、彼女とは全く無関係の所属ではなかっただけに、テレビでわざわざ「国立大学」を冠して紹介される彼女の姿を見るたびに苦々しい思いにとらわれていたものでした。

ネットの普及によって、従来は隠されていた情報がいとも容易く暴露されるようになったのもあってか、最近は、東大生av女優という文字ですら目にするようになり、そうした世相にあっては、東大生お笑いタレント程度で驚いていては人に笑われてしまうかもしれません。

ところで、2chで口の悪い人などは、東大まで出ておきながらタレントになるのは勿体無い、という意見を述べたりしているのを見かけますが、これなどはどう考えるべきでしょうか。

もちろん、常識的な結論を言えば、誰がどんな職業を選ぼうが自由であって、東大を出たからと言って、必ずしも弁護士・官僚・一流企業勤務・起業家にならなければならないという決まりはないわけで、彼らの好きにさせればいいというのが当然の結論だとは思います。

人生の何に重きを置くかは千差万別なわけで、卒業後の社会的地位よりも、自分の好きなお笑いに人生を捧げ、高い知名度や経済的成功を得たいと思う人がいてもおかしくはありません。

各人が思い思いの道に進んで、自分の人生を納得のいくように送るのが一番だと思いますよ。

思いもかけないところで、それまで学んだ知識が役に立たないとも限りません。

そもそも「東大卒芸人」というレッテルを貼られて、少なくとも最初だけはテレビに出演させてもらえるというところからして、東大卒の特権が存分に発揮されているとも言える。

そういう意味では、彼らもまた東大のアドバンテージを十分活かして就職しているわけで、それはそれで賢明な選択なんじゃないでしょうか。

まあ、どんな道に進むにせよ、一番大切なのは、そこで成功できるかどうかである点は疑いないですね。

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