新興不動産の厳しい経営状況

今年の大発会から一週間も経たずにまた株式市場に激震が走った。不動産運用・不動産投資を手がけていた一部上場企業のクリードが本日夕方に会社更生手続きの申し立てを行ったと発表されたのだ。
クリードの陰に隠れて大きくは報じられなかったものの、東新住建も本日付で破たんが報じられた。昨年の例のアーバンショック以来、不動産・建設会社は倒産ラッシュで、数週間に一社のペースで倒産が相次いでいる。中にはモリモトのように、前年度末までは好業績であったにも関わらず、上場して半年ほどで退場を迫られるという悲惨な倒産劇もあった。
そんな状況であったから、どの不動産・建設会社がいつ潰れてもおかしくはない状態で、投資家は皆、次はどこがつぶれるのだろうかとビクビクしながらホールドし続けていたはずだ。それはクリードも例外ではなく、同業他社のケネディクスやリサ・パートナーなどと比べても、財務状況がかなり危ういのではないかという懸念は常になされ続けていた。 そういった意味では、今回の倒産は「織り込み済」でもあり、財産の大半をつぎ込んでいた個人投資家はほぼ皆無であったと信じたいところだ。
思えば、この銘柄は株式投資の怖さを改めて思い知らせてくれた銘柄だったと言えないだろうか。昨年初めには20万以上あった株価も、サブプライム問題など経済が深刻化する中でじりじりと下げ続け、ついにはあの悪夢のリーマンショックとアーバンショックのために夏の2か月だけで10分の1ほどにまで株価を下げてしまった。最安値時は1万を切ったことすらあった。平均株価そのものが今年一年で低迷したとはいえ、新興不動産業界の凄惨さは目を覆いたくなるものがある。
倒産ラッシュが今年も続くのか、それとも景気が上向き、資金繰り悪化が解消の方向に向かうのか、それは分からないが、投資家にとって、不動産・建設業界への投資が相変わらずハイリスクな行為であることだけは間違いがなさそうだ。

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私が自由主義者になったきっかけ

私は、自分のイデオロギー的な立場は何か、と聞かれたら迷わず「自由主義者である」と答えます。

私がこの素晴らしい思想の存在を知ったのは、確か中学生ぐらいの頃、渡部昇一氏の著書『万犬虚に吠える』を読んだときでした。

氏は、戦後、良心的知識人と呼ばれる左翼文人が思想界を支配する中で、決して志を曲げずに、自らの信念を主張し続けてきた数少ない知識人の一人です。

当時、氏は、左傾する日本の風潮を批判したため、左翼陣営からは「右翼」のレッテルを貼られていました。しかし、それは氏にとっては不当な批判であったわけです。

なぜならば、氏が信奉する主義は、左翼(共産主義)でも右翼(国家社会主義)でもなく、その中間、自由主義であったからです。

それであったのに、なぜ「右翼」などというレッテルを貼られなければならなかったか?

それは彼らが左に立っていたからでしょう。

つまり左に立っている人間から見れば、一番右に立っている人間であろうと、真ん中に立っている人間であろうと、同じく「右に立っている」ようにしか見えないのです。自分の立場を基準に考えるのですから、左翼以外の人間は全員右翼となってしまうわけです。

それは右翼から見た自由主義者についても同じことが言えるでしょう。

右翼にとっては、右翼以外の存在はすべて左翼でしかないのです。

意外かもしれませんが、戦前の日本には、英米流の自由主義者(もしくはそれに同情的な国家主義者)が数多くおられました。国家社会主義者が跋扈したのは、敗戦直前の数年間だけであり、それでもって、戦前がまるで暗黒時代であったかのように考えるのは、それもまた間違っていると私は思います。

私は、渡部氏と同様、両端に偏らない、自由主義者の立場を貫き通したいと考えています。

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過激な両極端の思想について

21 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/08/30(水) 23:03:01
これは真理であると思います。
実際、超右翼と言ってよい、ファシズム体制を築いた戦前ドイツ、イタリアの政権での主要人物は、そのほとんどが、かつては共産主義を信奉していました。ヒトラーも若い頃に左翼的な社会主義運動に関わっていた時期もありました。
第二次大戦中に日本に国家社会主義的思想を吹き込んでいた思想家・政治家にも、やはり過去に社会主義運動に傾倒していた人間がたくさんいました。
国家主義者から共産主義者へ、そして共産主義者から国家主義者への転向は史上多く見られました。
これは、これらの思想が、地盤において、多くの共通する要素を持つ何よりの証左であるのではないでしょうか?
 
 
右翼と左翼は似たもの同士ではないか、という疑問に対するレスです。
戦後、我が日本国には「進歩的文化人」と呼ばれる知識人が跋扈していました。これは一言で言えば、左翼的な思想を持った知識人のことです。
彼らの中には、主に二種類のタイプがありました。
一方は、戦前からずっと一貫して共産主義を信じ続けてきて、戦時中の圧迫の中にあっても決してその志を変えずに終戦を迎え、戦後やっと公然と活動できるようになったタイプ。
そして、他方は、戦前は国家社会主義的な思想の持ち主であったにも関わらず、戦争が終わった途端に共産主義者に変節したタイプ。
戦後、日本の世論をリード(ミスリード?)してきた「良心的知識人」達は、後者のタイプが圧倒的に多いことに注目すべきであると思います。
かつてハイエクは、共産主義と国家社会主義は同根のイデオロギーである、と主張しました。前者から後者へ、後者から前者へ変節する人間が、史上、日本を含む世界で沢山見られたことからも、この主張が妥当なものであると思わざるをえません。
そして、この何れの思想も、普遍的な思想とはなりえないとも私は考えます。
では、普遍的な思想とは何か?
それは、民主的な自由主義であると思います。おそらく今後、これに替わる新たなイデオロギーが登場することはないでしょう。なぜならば、人間は真の自由を望んでいるもので、この体制こそが、それを保障する唯一の体制であるからです。

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嬉しいハプニング

199 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/08/15(火) 10:50:20
>>197
今ちょうど靖国の中にいますが…。
これは予想を超えるヤバさですねw。
右翼の街宣車はもちろん、ドイツのネオナチのような、頭に日の丸鉢巻きまいた不気味な集団もいるしハングル語で何か叫んでいる朝鮮人らしき人もいます。
 
72 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2006/08/15(火) 11:39:47
今さっき千鳥ヶ淵に移動したのですが、周囲の警護が異様に物々しかったので何事だろう、と思っていたら
何と私が入場して30秒後ぐらいに厳重な警備に守られた小泉首相が参拝に来られました。
靖国参拝があの時間だったので、まさか見られるとは思っていなかったため、とんだサプライズでいい記念になりました。
 
 
小泉首相が、最後の最後になってついに国民との公約を実現してくれました。感無量と言う外ありません。
そして、この私も、約束(?)を守って今日靖国と千鳥ヶ淵に行ってまいりました。
行ったのはいいのですが、あまりにも参拝客が沢山いて、参拝待ちの行列を作っていて、神社の前までたどり着くまでに相当時間がかかりそうな感じだったので、結局遠くから神社を眺め、心の中で戦没者にお礼を言っただけで、靖国からは立ち去ってしまいました。落ち着いて参拝をしたい方は終戦記念日は避けた方がよいかもしれません。
それにしても驚いたのは、警護の物々しさと、靖国周辺を埋め尽くしていた街宣車の数です。靖国から千鳥ヶ淵に移動する途中の道路にずらっと車が止まっていて、その大半がそれ系の車でした。正確な数は分かりませんが、私が今日自分の目で見ただけでも50台以上の街宣車が靖国周辺に駆けつけているように思えました。
私が千鳥ヶ淵を訪れたタイミングは非常によかったようです。何せ、あと一、二分でも遅れていたら、おそらく小泉首相を見ることはかなわなかったでしょうから。ここで参拝する首相に対しては野次も飛ばされていましたが、周りにいた九割以上の方は、首相の行為を支持していたようで、参拝後は盛大な拍手が湧き起こっていました。
私は今回、生まれて初めて終戦記念日に靖国神社を訪れたわけですが、色々な意味で大変刺激的で「真の愛国心とは何か?」を改めて考えてみるよい機会になったと思います。

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首相の靖国参拝は・・・

明日は終戦記念日です。

小泉首相は、公約を果たす最後のチャンスである今回、靖国神社を参拝するのでしょうか?

諸外国からの内政干渉には屈しない態度を示すためにも、是非参拝を行ってほしい、と別にネット右翼でも何でもない私は思っています。

中国や韓国を刺激しかねないから参拝は控えるべきだ、という見方もあります。

経済界からも、日中の経済交流を妨げるおそれがあるから参拝には賛成できない、という意見も提出されました。

しかし、それはあまりにも卑屈で迎合的で誠実さに欠いた対応でしょう。

そもそも、一国の首相が、不幸にも戦争に殉じてしまった方々をどのような形で供養するのかは純然たる内政問題であり、他国にとやかく言われるような性質の問題では断じてありません。首相は、当時の大戦において多くの若者が「靖国神社で会おう」を合言葉に殉じていった事実を重視し、戦没者の供養には靖国参拝が相応しいと判断し参拝したのでしょう。その行為を、他国が公式に批判するのは、まさに内政干渉以外の何者でもありません。そして、国際外交の原則で内政干渉は禁止されています。我々は、他国の不当な内政干渉には毅然とした態度で「ノー!」の意思を表明すべきです。

経済交流云々の意見も、「国益」の観点を欠いた気弱な意見だとしか言えません。おそらく、こういう意見の持ち主は自分では「国益」を最大限尊重しているつもりなのかもしれません。しかし、それは非常に狭い意味での国益、つまりは経済的な側面でのみのそれなのではないか、という疑いがどうしても拭えないのです。

真の国益とは、そんなことではなく、50年後、100年後の日本の姿を見越したものでなければならないと私は考えます。短期的な利益のために、正しい道理、つまりは国家の誇りを売り払ってしまっては、日本国は将来にわたって世界の嘲笑を受け続け、いつしか誰からも相手にされなくなってしまうでしょう。私達は勇気を持って、日本国にとっての真の国益を追求しなければなりません。そして、そのためには今回首相は靖国を参拝すべきではないかと思うのです。

私も明日は、朝から靖国神社と千鳥ヶ淵墓苑に戦没者を供養しにいくつもりでいます。

(余談ですが、その後は神保町に行って、古本を買い込んでこようと思っていますw)

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