また学園祭の時期が近づいてきた件
世間は学園祭シーズンだそうです。
毎度のことながら、学内ではサークルなどに所属しておらず、知り合いもほぼ皆無であるため、学園祭の話題で盛り上がることもなく、それの存在を2chのスレで初めて知るという相変わらずのねらーぶりを発揮しております。
自大の学祭には参加するつもりはないし、他大のも今年は土日が基本常に埋まっているのもあって参加せずに終わってしまいそうです。
土日挟んで三日ぐらい開催されるところがあるのなら、その平日の日に時間があれば足を運んでみるかもしれませんが。
まあこういう学祭に非リアの私が参加する理由は、祭自体を楽しむためではなく、板にネタを提供するための手段としてという部分も少なからずあります。
元々学祭などはリア充の祭典でもあり、非リアが一人で参加して純粋に楽しめるものでもありませんからね。
そういう意味でも、私にとっては学祭もネットの延長でしかなく、現実感が非常に希薄なイベントであると言えます。
それはともかくとして、いつかの早稲田祭みたいに、ゲストにひろゆきさんとか来てくれれば面白いのですが、それも期待できそうにありません。
学園祭にゲストとして来て欲しい有名人(敬称略)→ひろゆき、ホリエモン、ビリー・ヘリントン、松岡修造。
この四人のうち誰か一人でも来くるのであれば、私も始発でその大学に駆けつけるつもりでいます。
うちの大学祭実行委員に来年度にでも招聘するようにお願いしてみましょうか…。
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来月末ぐらいまで二日に一回はブログを更新する予定です。時間のある方はちょくちょく覗いてみてくださると嬉しく思います。
新入生は誰でも最初は「ぼっち」
いよいよ入学式も終わり新入生がそれぞれの期待を胸にして大学生活を始める時期がやってきました。
その期待は実現することもあれば、深い失望に変わることもあり、大生板の住人の大半は後者であっただろうと推測して間違いはないでしょう。
言ってみれば何らかの意味でリアルの大学生活からあぶれてしまった方々が集う楽園が大生板でもあり、そこは非リアの擬似キャンパスライフが展開しているとすら言えるかもしれません。
そんな大生板なわけですが、この時期は毎年板の空気が一時的に変化します。
その変化をもたらすのは言うまでもなく新入生であって、彼らの新生活に対する不安がそれを引き起こすのです。
つまり、彼らの大部分は本来はリア充気質であるにも関わらず、全くの新しい環境に飛び込んでしまったがために最初の数日から数ヶ月は上手く大学になじめずに人間関係に対する悩みを抱えてしまう。そこで、大学デビューに失敗したと思い込んだ新入生が板に大挙し「4年間のぼっち生活が確定した」だの「友達できない、オワタ」だのとぼっちを自称し始めるわけです。
こうした現象は毎年恒例であって最早驚くにはあたりません。
しばしば言われるように歴史は繰り返すのであって、私は今年も必ず今の時期にそうした空気に包まれるであろうことは予想していたし実際その通りになりました。
そして、「歴史」の教えるところでは、今後の経過も分かりきっています。
自称ぼっちの新入生の9割方が夏休み頃までに一人また一人とリアルで自分が属するコミュニティーを見つけ、板から無事「卒業」していき、後にはほんの一握りの真性非リアだけが残されるのです。
しばらくは新入生による「ぼっち」に関するスレや書き込みが板に溢れかえるに違いありません。
そしてそれらのうちのいくつかは、もしかしたら真性非リアの神経を逆撫でするものであるかもしれません。
ですが、それはあくまで恒例行事であり、台風のように一時的な現象にしか過ぎないのですから寛容な態度を保持していたいものです。
私は、新入生がリアルで上手くやれるのを応援したい気持ちで一杯です。
大生板は、大学に居場所を見つけられなかった大学生の最後の砦でもあるわけですから…。
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入社してからの人間関係という杞憂
大生板のとあるスレを見ていると、理系院生と文系院生との日常生活の違いがあらためて浮き彫りになってきます。
理系の方々は毎日のように朝から夜まで研究室にこもりきりで共同で研究するために、ゼミ生同士の関係が非常に密であり、それなりのコミュ力が要求されるようで、極度にコミュ力が劣る人間は研究室内で孤立したりと厳しい立場にあるとのこと。スレによれば、そうした方々は最終的には不登校になってしまうケースも珍しくはないようです。
それに対して我々文系院生はのんきなもので、週にゼミがいくつかあるだけで、それ以外の時間を拘束されることはめったにありません。
そのおかげで、幸か不幸か、この一年間人づきあいをあまりせずとも、院生生活を送れてしまいました。
それにしても、就活を始めるにあたって思うことは、入社した後の社内での人間関係についてです。
確かに今は人づきあいがほぼ皆無でも日々を送ろうと思えば送ることができます。しかし、就職してからはそうもいかず、それも、気の合う相手だけではなく誰とでも、表面的にではあっても広い付き合いをしていかなければなりません。それを思うと、どのような組織に入ったとしても、自分が孤立してしまい厳しい立場に追い込まれるのではないかと不安でならなかったりもします。それとも社内でも、職種によってはぼっち状態のままで過ごしていけるのでしょうか。もちろん、周りと馴染めるように努力をするのは言うまでもありませんが、それが実らなかったときの対処法も考えておかなければなりません。
まあそれ以前に、どこかしらから無事内定をゲットするまではそんな不安もすべて杞憂でしかないわけですが…。
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大学生活に関する話題は板違い
それが大学生活板の暗黙のルール。
非リアの楽園である(はずの)大生板ではいわゆる「普通の」大学生が経験する大学生活に関する話題―サークル、飲み会、恋愛など―は敬遠されます。まれにそれらの話題でスレが立ったとしても、本人は大真面目にスレ立てしているのかもしれませんが、板住人にとってはそれらは釣りかネタの類にしか過ぎず、マジレスがつくことはほとんどありません。
それでも以前に比べれば「リア充系スレ」に寛容になったと思います。昔であれば、少しでもそういった要素があるスレが立つや否やAA爆撃攻撃をくらったりしていたものでしたが、今ではそこまでの排他的な空気は薄れてきているような気がします。確かにあまりにリア充すぎるスレは、ネタスレとして一蹴されてしまいます。しかし、微妙なリア充スレ、例えば飲み会に関するスレなどは、ある程度許容されるような例が見られるようになってきています。
そうした傾向は私は好ましいものであると考えます。大生は非リアの楽園であるとは言っても、やはりあまりに偏った話題ばかりでは世間とのズレがますます大きくなってしまいます。一般人との経験値の差を埋めるためにも、たまにはリア充な話題で板を「換気」してみるのも悪くはないのではないでしょうか。ですが、そこで懸念されるのは板がリア充に完全支配されてしまう事態です。大生板は元々リアルで迫害された非リアが集う楽園であったはずであり、それは今後も変えてはなりません。なぜなら、リア充には帰るリアルがあっても、非リアにはそれがないのですから。非リアのコミュニティーを壊さないレベルでの板空気の微調整を行い、板をより活発なものにしていきたいところです。
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学祭という名のナンパ祭
今日は都内で夕方まで用事がありましたので、そのついでに自分にとっては無縁で何の益にもならないだろうと知りながらもスレでの話題作りもかねて早稲田祭を見に行ってみました。早稲田に着いたのはもう6時前でしたので、帰宅組の集団と多数すれ違い、完全に乗り遅れた感を抱きながらもキャンパスを目指して歩いていました。そして、大学近くのラーメン屋で夕食を済ませ(学祭の屋台では決して食べまいと決意していたところに自分の中二病的な傾向を見出しました)大学構内に潜入してみると、すでに片付けが始まっており、案内役の方が「○○門からお帰りください~」などと声を張り上げているところでした。そんなわけで、全くの無駄足に終わったと言えなくもありませんが、せっかくなのでキャンパス内をふらふらと見学してまわり、建物の中で座れるスペースを発見したので、そこで8時頃まで本を読んでから帰路についたのでした。
さて、学祭がリア充祭だというのは最早言うまでもありません。おそらくは早大はただでさえリア充比率が高い大学であるのに、非リアの大部分が参加を拒絶する今回のようなイヴェントでは、ますますリア充の比率が高められてしまいます。非リアやぼっちがあの雰囲気の中を歩くのはなかなか勇気のいる行為だというのは様子を知っている方であれば同意してくださるのではないでしょうか。
そうしたリア充がキャンパス内で我が物顔に振舞うのは別に構わないし、私がとやかく口を差し挟む権利はないと自覚しています。しかし、どうしても釈然としなかったのは、キャンパス内の随所で見られたナンパ行為についてです。大生のスレでも話題になっていたように、学内いたるところでナンパ行為が横行し、女性の側もそれが目的で階段に座り込んでいたりするグループも見られました。こうした光景は中高の男子校文化祭でも見慣れていたので、それほど驚きはしませんでしたが、まさか大学でまで盛んに行われていたとは知らず、カルチャーショックを覚えました。
スレの方でも誰かが書いていましたが、なぜ学園祭のときにはナンパ行為が当然の如く受け入れられてしまうのかその理由が分かりません。街中で声をかけるナンパ行為には大部分の女性が嫌悪感を抱くものでしょう。素性の知れぬ人間に突然声をかけられたときに強い警戒心を抱くのは適切な反応だと言えます。それならば、学祭でのナンパ行為だって質的には大差はないのではないでしょうか。普段一緒に授業を受けているわけでもない、同じサークルに所属しているわけでもない、相手が仮に早大生だと名乗ったとしてもそれが本当かどうかも分からない、本当であったとしても彼が信頼に足る人間だとどうして分かるのか。高校までと違い、制服を着用しているわけではないので、身分の偽装は簡単なものです。そんな相手を容易く信じて、個人情報を安易に与えてしまうのは、自身の安全を危険に晒す行為だと言えはしないでしょうか。私はただ、声をかけていた男性方が最低限信頼に足る人間であったことを祈るばかりです。
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大生にリア充が増えてきたとは言っても
学祭シーズンであるはずなのに、スレでミスコンを除いてはそれに関する話題がほとんど出ていないのに少し安堵を抱きました。私自身学祭の存在をほぼ忘れていて、授業で「来週は学園祭だから休講だ」という話しを聞いて初めて「そういやあったな、そんなイヴェントも」と思い出すようなくちであり、来週に控えている学祭を完全な傍観者の目で見ている人間の一人です。
大生の何かのスレで「学園祭はゴールデンウィーク」というような絶妙な副題がつけられているのを目にしましたが、まさにそれはその通りで、学祭期間が一日多ければ、我々にとってはその分休日が増えるのを意味するわけです。大生の大半の住人に
仮に学祭に参加するとしたら、以前のように、オフ関連もしくはスレでのネタを見つけるために一人で乗り込みに行くというようなことがあるかもしれません。しかし、正直に言ってリア充の祭典である学祭は非リアが乗り込んでいったところで決して面白いものではなく、特に昨年の私のように早稲田祭などに一人で乗り込んでしまえば、あまりのリア充オーラに圧倒され、学内にいたたまれなくなって、数時間もせずに脱出する破目に陥ってしまうでしょう。行くのであれば、リア充学生の実態を大生に報告するための「視察」というぐらいの感覚で行けばきっと間違いはありません。
ああいうイヴェントを企画し参加するよりも、家で本を読むなり、ネットに書き込みをするなりする方に大きな喜びを感じてしまう人間からするとなぜ学祭などが飽きもせず毎年開かれているのか疑問に思うわけですが、それこそが価値観の違いであって、リア充と非リア充の発想の差を典型的に示しているのかもしれません。
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雨降って地固まり…
( ´_ゝ`)ノボンジュール♪
ココログにいつからか新しい機能が加わり、選ぶだけで顔文字を表示できるようになりました。これまでデフォルト顔文字と言えば(^-^)のようなのが中心で2ch発祥のは敬遠されてきたところがあったように思えます。しかし最近はブーンやショボーンのように有名になりすぎて非ねらーでもそれらを用いるようになり、昔ほどは2ch発というだけで嫌われることは少なくなっているように思います。ココログでも(・A・)イクナイやm9(^Д^)プギャーなど2ch発の顔文字が多数用意されていて嬉しい限りです。冒頭の顔文字もそのうちの一つです。そうしたわけで今後は顔文字使用頻度がやや上がるかもしれません。
そして2chと言えば非常に喜ばしいニュースがありました。それが何か、ご存知の方もおられるでしょう。我らが大生板復活のニュースです。大学生活板は、もう半年以上前になるでしょうか、運営と衝突し彼らの怒りを買ってしまい、報復としてスレ保持数240ほど、強制名無し、等等といった惨めな状況のまま放置され続けてきました。板が元に戻るのはいつになるのか、住人達は僅かな期待を抱きながらも、もう昔の大生板は帰ってこないのかもしれないという諦めの気持ちも持ちながら板を利用してきました。
その停滞したムードの板に動きがあったのは八日のことです。突如として板のスレ保持数が100にまで減らされ、さらにひらがなでの書き込みしかできなくなってしまったのです。いよいよ大学生活板の終わりが来たかと私は覚悟を決め、他板への移住を本格的に考えながら私はその日眠りについたのでした。そして次の日夕方だったか携帯から板チェックをしてみて心底驚かされました。もしかしたら消滅しているかもしれないと思っていた大生板の様子が違う、どうやら大生板が元に戻ったらしいというニュースが板中を駆け巡っていたからです。まさかと思いながらも私は試しにコテをつけてスレに書き込んでみました。すると何とコテ名が表示されたのです!スレ一覧を見ると、昔よく目にしていたパートスレが続々と立っています。スレ保持数も700いくつという以前の水準に戻りました。
我ら非リア大学生の希望の星大学生活板が帰ってきた。我々はどんなにこの瞬間の訪れを待ち望んでいたことでしょうか。長い間冬に支配されクリスマスが決して訪れなかったナルニア国に春が訪れたように、冬に閉ざされ続けていた大生板にも春がやってきたのです。この慶事をともに祝福しようではありませんか。
「NO 大生板 NO キャンパスライフ」
↑いつもありがとうございます。応援してくださると嬉しいです。
むしろ大生板こそ我がキャンパスライフ。
飲み会悲哀
隅っこの席で携帯から2chに書き込みをする。
気付けば彼も自分から離れ集団の輪の中に入っている。
帰ればいいのに思わず流されて参加を表明してしまい
苦痛な時間が引き延ばされる。
30秒もせずに会話がつまり離れ離れになる。
食事を沢山食べて高い出費の元をとってやろうとする。
しかし誰にも見られない。
生活リズムに改善の兆しが…
学部と院の授業の大きな違いとは何でしょうか。その最も顕著なものの一つに歴然とした受講人数の差が挙げられます。学部の授業では、受講人数が100人を超えるのも日常の光景であり、一部の珍しい講義を除けば、10人を下回ることはめったにありません。
しかし、院の授業では少人数なのが普通であり、学部とは逆に10人を超える授業はほとんどありません。こうした授業形態の日々を送るようになってから私にとっては嬉しいとある生活の変化が生まれました。それは何かと言えば、(以前も少し書いたかもしれませんが)授業のおかげもありちゃんと朝起きられるようになったことです。
学部の授業であれば大人数であるために、遅刻をしてもそれほど目立たないし(あまり誉められた話ではありませんが)、自主休講してしまっても出席を取っていなければ成績や先生からの評価に影響はほとんど出ないと言えます。
ですが院ではそうはいきません。少人数の小さな教室で開かれる講義で遅刻してしまえばあまりにも目立ちすぎて恥ずかしいし、欠席してしまえばすぐに先生に分かってしまいます。受講人数が極度に少ない授業だと下手に休むと周りにも迷惑を及ぼしてしまいかねません。
そうしたわけで、昨年までは午前の授業の出席率が非常に悪かった私が進学して以来は(たまに遅刻はしてしまうものの)適度の緊張感が保てているのもあり、目覚ましでしっかり起きられるようになったし、二度寝もほとんどしなくなりました。つまりは生活リズムがやっと昼夜逆転から常人のそれに徐々に近づいてきました(笑)
昨年末から土日にバイトを始めたのも生活習慣を改善する上で有効に働いているような気もします。これまでは休日になると昼過ぎまで熟睡し、そこでまた生活リズムが大幅に崩れてしまったりしていたのが、バイトのおかげで朝起きられるようになりましたから。
社会人として働いている方は平日は毎日7時頃には起きて会社に行く生活を送っているのでしょう。それを思えば、自分の生活はまだまだ自堕落なものであると反省せざるをえない状態です。何もない日でも毎日7時前には起き、その日一日を充実したものにしていくために今後より一層努めていかなければなりませんね。
飛べない鳥はただのニート
2chのような大型掲示板においては毎日数多の言葉が飛び交っていて、それらの大半は何でもない言葉として読んだ次の瞬間には頭から消え去ってしまうものです。しかし、中には考えさせられるような言葉や気になるような言葉もあり、そうした言葉に出会えたときの感動や嬉しさがあるからこそなかなかこの掲示板から離れられないというのもあるかもしれません。
もう何ヶ月も前に見た言葉で、未だに頭の片隅に残っているものがあります。それは、浪人生の方が書かれていたレスで、浪人するにあたって親から次のような言葉をかけられたというのです。「いくら浪人生であっても平日は朝早く起き、そんなに遅くなる前に外出して自習室なりに行っていなければならない。同級生の中には働いている人もいるのだから。」
こうした発言は、「周りの人間がそうだから~」という極めて典型的な日本人の発想だと批判される方もいるでしょう。しかし、子供の教育という面から見ると、こういうアドバイスは非常に効果的なものであると私は考えます。特に、ニートや不登校が社会問題となっている昨今を考えると、子供をそうした立場に追いやらないためにはこうした教育は歓迎されるべきだと言えます。
それはそうと、この些細なレスが未だに私の頭の片隅に残っているのは、私自身の現状に対しても上記の発言が鋭い批判として突き刺さったからかもしれません。学部時代に留年したのもあり、私のかつての同級生が次々と就職し、社会に巣立っていく中で、私は陸に取り残され、しかも、昼夜逆転生活がなかなか改善されなかったりと、飛び立つための訓練もまともにできていない。そのことに多少なりとも後ろめたさを感じていたのでしょう(同じような発言は当然ながら親からも受けてはきましたが)。
院に進学し、講義への欠席や遅刻が難しくなった今、学部時代と比べると生活リズムは少しは改善されてきていると言えます。平均して9時頃遅くても午前中には毎日目が覚めるようになり、まだまだ不十分ながら希望は見えてきています。以前と比べて遥かに目覚めがよくなり、目覚ましをかければ、何とかその時間には起きられるようにもなってきました。昨日などは12時前に寝てみたところ何と6時過ぎには目が覚めてしまいました。でも、社会人として働いている同級生にとってはそんな生活は当たり前すぎること。すでに働いている多くの同級生のことを考えても、怠惰な生活を送るわけにはいかないと自戒を繰り返す日々です。きちんと毎日朝早く起き、その日一日の多くの時間を、仕事をしないかわりに読書や勉強など文化的な作業に充てていかなければならないと痛切に感じています。
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院生生活の文理差について
学部において、文系と理系ではそのキャンパスライフが大きく異なるという点は過去に何度も言及してきました。なのでここでは、文系は基本暇で理系は忙しいという違いがあるとだけ言っておきたいと思います。
そうした文理の「格差」は何も学部だけではなくどうやら大学院でもあるようです。つまり文系は暇で理系は忙しいという差が。
文系の院生活は(少なくとも一年の間は)学部とそれほど違いはありません。規定の単位数を取るために授業を選択しそれらをこなしていくだけです。必要単位数も少ないので週に3日も行けば卒業単位は一年で全て取得できてしまいます。学部との違いと言えば、個々の授業が少人数のセミナー形式であるために発表や討論などの機会があるということぐらいなものです。「演習」というものも一応は必修として定められてはいますが、理系と違って実験や実習がないために、他のゼミ形式の授業との実質的な区別はありません。決められた時間内に授業を受けるだけで、それ以外の時間帯に研究のために研究室に足を運ぶこともありません。
理系の場合は事情が違っているようです。文系と同じく規定単位数がある部分は全く同じなのですが、理系の場合は核となる「演習(研究)」が他の授業と明確に分けられていて、そのために授業時間内外を問わず多くの時間を割かなければならないというのです。つまり自分の研究テーマを進めるために、週に一コマだけ研究室に行けばよいというのではなく、それ以外の暇な時間も平日はほぼ毎日、人によっては土日も研究室を訪れるのが普通だと聞きます。そうでもしないと、周りとの差がどんどん広がっていってしまうのだとか。
こうした文理差を見て私が思うのは、理系に比べて文系院生に時間的な余裕が沢山ある分、その時間を無駄にせずに自主的に勉学に励んでいかなければならないなということです。怠けていても卒業だけはできるかもしれない。しかし、それではあまりにも時間が勿体なさすぎます。自分の生まれつきの能力が低いものであったとしても、それを磨いていき、自分の限界一杯にまでにそれを近づけていかなければ悔いの残る人生になってしまいます。あらためて日々を大事に過ごさなければならないと思った次第です。
新生活一週目
大学院生活がようやく始まり、新しい環境に右往左往する日々です。大学院と言っても通うキャンパスは同じで、先生方も学部時代とほとんどが同じ方々なのですが、学部とは大きく点が一つあり、それは、院の授業は大体が少人数のセミナー形式であるという点。これはゼミを経験せずに院に進学した私にとっては大きなカルチャーショックの一つでした。初めのうちは緊張からあまり喋れず、口を開けば的外れな発言ばかりしてしまうに違いありません。ですが、そこで心を閉ざすことなく、恥をかきながら自己成長を成し遂げていきたいと考えています。
大学院での授業と言っても全てが全てセミナー形式の授業であるわけではありません。中には学部と同じく講義形式の授業もあって(例えば、数学やパソコン実習系の授業などがその典型だと言えます)私は最初そうした授業を中心に履修して、できるだけゼミ形式の授業を避けようなどと考えてしまっていました。しかし、そこですぐに自分の悪い癖である逃げの姿勢が表れてしまったことを恥じ「これでは何のために院に進学したのか分からない。もう逃げるのはよそう」と自分に言い聞かせ、ゼミ形式の授業を中心に履修しようと考え直したのでした。昔小泉首相が言われていたように、成長には痛みを伴うもの。失敗による恥や苦痛を恐れていてはいつまでたっても前には進めない。そんな当たり前だけど大切なことをまたもや忘れてしまうところでした。
あと、大学院では当然ながらゼミ所属が必修となりますが、私のゼミは贅沢なことに私一人だけ、つまり教授によるマンツーマン指導になりそうです。文献読んで要点をまとめて発表するという作業を毎週やっていかなければならないわけで当然負担は人一倍かかってきます。しかし、真面目に勉強をするにはこれほど恵まれた環境はありません。こうした環境を無駄にせず、自己成長のためにも、また、私一人のためにわざわざ貴重な授業時間を割いてくださる教授のためにも真剣に勉強に取り組んでいかなければなりませんね。
非リア充なのに卒業パーティーに参加してみた
そんな決意を胸に卒業式後は大胆にも卒業パーティーにまで参加してみたのです。しかし、この決意はまさに言うは易く行うは難しの世界であって、いつものようにまた実現できずに終わってしまう可能性の方が高かったに違いありません。現にパーティーが始まって初めの30分ぐらいは誰にも話しかけることができず、一人で隅っこの方で虚しく食事をとっていました。
しかし、このままではいけないと自分に言い聞かせ、近くにたまたま一人で立っていた方に声をかけてみました(その後で彼の同期の方も来られましたが)。その方は院生の修了生の方でしたので、これから院に進学する身として色々と貴重な話―授業の進め方や、院生の普段の生活のこと、そして最も重要なイヴェントである修論についてなど―を聞くことができ、今年度からの生活に対する心構えができてよかったです。
その方々に言われた言葉で特に印象的だったのが、院の2年間は本当に一瞬で過ぎ去ってしまうということ。大学4年ですら短く感じられるのだから(私の場合は6年通いましたが)これからの2年間なんてまさに一瞬間であるに違いありません。一日一日を大切に過ごしていかなければならないと誓った瞬間でした。
そんなこんなで、二時間ほどの短いパーティーも終わり、彼らはその後ゼミ(研究室)の先生との飲み会があったようでその場で別れましたが、勇気を出して話しかけ貴重なお話を伺うことができましたし、やはりパーティーに参加してみてよかったと満足を感じ家路につくことができました。
人生を豊かなものにするために必要なのは努力とほんの少しの勇気、そんな言葉をあらためて噛み締めた有益な一日でした。
非リア充なのに卒業式に参加してみた
一昨日は大学の卒業式に行ってきました。
非リア充ぼっちのまま大学を卒業する身としては、式に参加せずに、後で大学に学位証明書だけ貰いに行こうかという発想も何度も頭をかすめたわけですが、最後だということもありけじめをつけるためにも参加してみようと最終的に決断するに至った次第です。
市の体育館で行われた卒業式は、訓辞や表彰などお決まりのプログラムを経てわずか1時間ほどで終わってしまいました。印象的だったのは最後に演奏された大学の学生歌で、おそらく入学式以来聴くのは二度目であったのではないかと思います。中高までと違い、朝の全体集会などのない大学では学生歌や応援歌を演奏する機会などめったにないものです。あるとしたら、体育会系の部活が対外試合をするときぐらいなものでしょうか。六大学野球で、それぞれの大学が自身の大学応援歌を声を張り上げて熱唱している光景は最早お馴染みとなっています(当然ながら非リア充にとっては何の関係もないイヴェントではありますが)。そうでもなければ、学生歌に触れる機会はまずないわけで、そういう部分にも、大学に対する帰属意識が高校までと比べて希薄なものに感じられてしまう(少なくとも私にとっては)大きな原因があるのかもしれません。とにかく、学生歌を演奏するときに「皆さんで一緒に歌ってください」と言われていながらも、周りが誰も歌っていなかった(歌えなかった)のはなかなか寂しい光景でした。
そんなこんなで式は無事に終わり、その後に控えていたのは卒業パーティーという式とは比べ物にならないほどのリア充イヴェントでした。こちらは、ロイヤルパークホテル(ランドマーク)の宴会場を貸し切って行う立食パーティーという非常にセレブなもので、初めは当然参加を辞退するつもりでいました。しかし、パーティー当日の二日ほど前になって、こちらもやはり卒業式と同じでせっかくの最後の機会なのだから思い切って参加してみようと考えを改めたのでした。そして、参加するからには必ず思い出に残るものにしようと思い、私はパーティー参加に関してある決意を抱きました。それは、会場では必ず参加者の方に積極的に声をかけていこう、というものでした。
(続く)
試験近づいて図書館も込んできたので・・・
カフェやマックに行く機会が増えそうです。
(実を言うと普段からそんな大学図書館は使ってないんですけど。借りるだけで。)
私は昔から混雑したところがあまり好きではなくて、受験生時代も学校や塾の自習室はほとんど利用した記憶がありません。周りの席がほとんど埋まっていて、なおかつ場が静かすぎるのに窮屈さと不自然さを感じてしまって落ち着いて勉強できないのです。
そういうわけで、今月はカフェ代が普通の月の数倍はかかってしまいそうですが、その分、どこかに遊びに行ったり、買い物をしたりする暇もなくなるわけで総合的に見れば出費はむしろ少ないぐらいだろうと予想しています。行くお店も100円マックから300円以内の安めのカフェ店が中心となるでしょうし。
何にしても今は悔いの残らないようにしっかりと勉強してから試験に臨もうと思うばかりです。
冬休みも終わり・・・
冬休みも今日で終わり、明日からはまた大学が始まります。
今回の休みは正月の三が日を含めて全ての日に予定が入っていて、我ながら珍しく充実した日々を送ることができました。
それでも真性リア充と比べればまだまだ忙しさレベルは半分以下なんだろうな~とも思いました。人と会うときでも私は一日に一人ないしは一グループが限度で、それも夕方から遊びに行くというパターンが通常です。でも、彼らはきっと午前中からどこかに出かけ、一日に数件のアポをとって交際を繰り広げているイメージがあります(偏見?)。
そこまで殺人的なスケジュールをこなしはしませんでしたが、極力人と接するような日々を過ごせたことは自分でもよかったと思っています。これまでの休みの過ごし方といえば、ほとんどの日を図書館なりカフェなりに行って本でも読んで過ごすというものでしたが、それでは知識は増してもコミュ力はますます衰えてしまいます。それに、それだけでは人生は空しいものにならざるとえないと気付くようにもなりましたからね。サン=テグジュペリの言うように「人間関係を除いては我々に喜びの希望はない」のだと。
そんなこんなで、明日からはまた大学が始まります。そして、明日から学期が終わるまでは自分にとっては極めて重要な日々となります。単位、卒論を無事にこなし、卒業しなければならないのです。どのような結果になるかは分からないものの、ベストを尽くして頑張っていこうと思います。
「優雅」な放課後の過ごし方
図書館に行くか、街に出て居心地のよいカフェかファーストフード店行って数時間居座り続けて本読んだり勉強したり。毎日同じ空間で作業をしていると飽きがくるので、その日の気分によって数ある選択肢の中から自分だけの「勉強部屋」を探して気分転換をはかっているわけです。
そこでよく行くお店ベスト3。
①ベローチェ
何より安い。アイスココアを頼んでも260円、一番安いコーヒーなら160円で済みます。店内でかかっている曲もイージー系の音楽が多いので読書などにはもってこい。場所にもよりますが、店内は割りと広く席に余裕があるため周りに配慮しなくても大丈夫。
②マクドナルド
安さで言えばベローチェ以上。何と言っても100円でお茶か何か頼めば居座れますからね。ただ、マックはデメリットも多い。まず学生が多いため店内が非常に騒がしい。そして椅子が非常に硬い。机が汚れている。あまり勉強できるような雰囲気ではないですね。ちょっと本読みたいときなどに利用するようにしています。
③スタバ
スタバは単にスペースとして以上にカフェとしても好きなお店であるので、たまに利用します。店内の落ち着いた雰囲気の中でする読書はいいものです。本当は一番頻繁に行きたいと思っているわけですが、カフェの中では値段が高めなために週一ぐらいが限度。
上記三つの何れのお店も大きな駅の店舗(渋谷駅や新宿駅や横浜駅)は混雑しているので、ややローカルな駅(横浜で言えば日ノ出町や関内など)の店舗でお店を探すようにしています。こういった場所にある店舗でしたら、閉店近くまで数時間粘っても店員の目は気になっても少なくとも周りのお客に配慮する必要はありませんから。
こういう、カフェ巡りのようなちょっとした遊び心も、一人で過ごす時間の多い日々に彩りを与えてくれるスパイスだと思います。
大生板名前欄復活
県名表示にも段々慣れかけてきていたところで、何と今になって驚きの名前欄の復活。
しかし、復活したのは名前欄だけでIDの方は未表示の状態。
でもこちらも近いうちに復活するでしょう。
名前欄復活してみて分かったこと。
以前活動していた固定は板から去ってしまったわけではなく、名無しで活動していたんだ、ということ。名前欄が戻った途端昔のコテが続々とまた名前をつけて書き込むようになったのを見て大生板に昔の雰囲気がまた戻ってくるのかなと私も嬉しく思っています。
メール欄に名前を入れてまでコテ活動を続けていた我々のような必死なコテもついにそのやるせなさから解放され、鳥付きで活動できるようになるわけです。
新生大生板の行方やいかに!?
大学生活初のフル単
後期始まり昨日成績表を貰いに行ったら・・・、大学入ってから初のフル単取れてました。
それを見たときは、喜びよりもむしろ「これまで自分は何をやっていたのだろう」という悔しさの方が正直大きかったです。
しかし過去を悔やんでも仕方がない。大切なのは過去を踏まえてこれから先をどのように生きるのかだと常日頃から考えています。後期も前期同様、履修上限ギリギリ週5ペースで大学に行かなければなりませんが、無事単位を取得し、無事卒論も提出し、無事に卒業していきたい、いえ、いかなければなりません。
そのために、早寝早起きを心掛けなければw
大生板版らき☆すた動画完成
大生板住人でらき☆すたOPを踊るオフ3
http://ex23.2ch.net/test/read.cgi/campus/1188494443/l50
上記スレにてらき☆すたOPの動画を撮影する企画があり、先月から作業を開始していたわけですが、それが昨日遂に無事完成&ウプの運びになりました。
大生板では昨年、関西大学のメンバーが中心となってハルヒEDの実写版を制作したのはまだ記憶に新しいところです。それに続く形で今回こうして大生板から新たな動画を生み出すことができたのは、一参加者としてまた一大生板住人として大変嬉しく思っています。
まあ正直言って私は、動画制作過程ではほとんどお役に立てなかったというのが現実ですけれどwその埋め合わせをするために、これからラジオなどを使って2ch内での「広報活動」に精を出そうと考えています。
動画はニコニコとようつべ両方に上げているようです。画質で言えばようつべの方がいいですが、それぞれ違った楽しみ方があると思うし、二つの動画を比較してみたら何か面白いこともあるのではないでしょうか。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm974921
http://www.youtube.com/watch?v=DAiQ8yxC3ks
テストも無事終わり一安心
昨日のテストも、レポートで半分は点数が確保できているので、よほどのことがなければ単位だけは取得できそうな状況。私は今、昨年度まで不真面目だったせいで、卒業まであと40単位も残してしまっています。ですが、ここでも何度か書いたように、今年度は心機一転して真面目に学業に取り組み、フル単を取るつもりで頑張り、最低でも卒業だけは何としても成し遂げると誓いました。口先だけで終わりやすい私も、どうやら今回ばかりはしっかりとその目標に向かって着実に歩んでいるようです。
今回のテストで言えば、通年を除く前期のテストに関してはフル単が達成できそうです。一つだけ心配な講義があったのですが、その講義のテストは、4年生だけはメールで早めに結果を知らせてくださるという教官の配慮があって、試験終了後送ってみたところその後返信があり無事に「良」が取れているとのことでした。
あと今日受けたテストでも、穴埋め形式の問題で皆すぐに終わってしまったため、希望する学生はその場で採点をして結果を教えてくださるという「サービス」があり、一刻も早く結果を知りたかった私もそれに乗り、結果無事単位だけは取れる点数であると判明しました。
通年の授業も、それなりにはできたと思うのでおそらく後期さらに頑張れば単位だけはなんとかなりそうな予感があります。
フル単なんて当然だ、とまでは言わないにしても、せいぜい落としても一つか二つというのが一般の文系大学生の姿なのでしょう。そしてそれを、今回真面目に大学に行ってみて初めて気付きました。気付くのがいくら何でも遅すぎるというお叱りはもっともです、はい。
今日から本格的に就活開始です。
大生板の危機
大学生活板住人はすでにご存知のように、今大生板は混乱した状況下にあります。
IDが表示されなくなり、名前欄も強制名無しになってしまい、原則的にコテハンでは書き込めなくなってしまいました。そのため、かつてのコテ達はある人は他の板へと移住し、またある人はメール欄に名前を入れて地道に活動を続けているようです。
板全体を見渡す限りでは、今回の騒動が起こる前と比べると、明らかにコテハンの数が激減し、板が活気を失っているところがあります。IDが表示されなくなってしまったので、客観的数値での比較はできないわけですが、スレの伸び具合やdat落ちするまでの時間を考えて、コテだけでなく名無しさんも半減してしまったのではないでしょうか。
いつになったら事態が収束するのかは分かりませんが、これまでもう一年以上も活動し続けてきた板なのですから、早く元に戻って欲しいとは思います。そして、その日が一日も早く来ることを願って、これからも私は地道にメル欄でのコテ活動を続けていくつもりでいます。まさか2chでもトップ10に入るほど住人数が多く、そして「大学生活」という非常に重要なジャンルの板がこの先もずっと今のままであるはずはないでしょうから…。
リアルの暇とネットの多忙
バイトを辞めてしまってからリアルが暇です。「暇」と言っても別に遊びほうけていたり、ダラダラしたりしているわけではなく、読書や勉強などはそれなりにしているのですが、これといった予定がほぼ皆無な点で暇なのです。今はつけていない(と言うよりも必要がない)スケジュール表をもしつけていたとしたらほぼすべての欄が空白なのは間違いありません。
そんな私ですが、最近ネットの世界では多忙を感じてきています。ネットでの主な活動―2chへの書き込み、ブログ・ミクシィの記事更新やコメント作業、アマゾンレビュー、ネットラジオ、バーギコチャット、スカイプ、ニコニコ。そのどれをとっても一度始めたら1~2時間ぐらいはすぐに時間が過ぎ去ってしまいます。私はネット利用時間を自制して一日平均大体2~3時間ぐらいに抑え、それも基本的には夜以外にはパソコンからはネットに繋がないようにしています。
しかし、これでは上に挙げた項目のすべてを毎日十分に楽しむことは到底不可能です。夜ネットに繋ぐたびに「今日は何をしようか…」と悩まされる毎日です。以前は毎日更新していたブログも、他の活動が色々と忙しくなるにつれて、2~3日に一度ぐらいの頻度でしか更新できなくなってしまいました。
これは言ってみればネット版リア充―ネト充というやつなのかもしれません。リア充の方々はよく「一日が24時間では足りない」という嘆きの混じった呟きをもらしていると聞きます。この台詞は、リアルの私には全く当てはまりませんが、ネット上での私には当てはまっています。現に私はネットを利用しているときにはしばしば上のような感想を抱いているからです。
リア充は現実が忙しく、我々ネト充はネットが非常に忙しい。どちらも「忙しさ」という観点から見れば同様なわけですが、彼らと我々との間には何か大きな質的な違いがあるように思えてなりません。人間は最終的には現実で生きなければならない以上ネト充は、現実の世界で多忙になるように心がけていくべきなのかもしれません。リアルにもネットにも偏り過ぎない「中間的」な生き方をしていきたいものです。
メガネを替えて考えた理想的大学生活
先日新しいメガネに買い換えました。レンズ込みで4万円…。この値段ですから、見つけてからも買おうかどうかで何日間か迷い続けていました。その迷いが晴れて、私に買う決心をつけさせてくれたのは、大生板でのとある書き込みでした。その書き込みとは以下のようなものです。
「新歓のために4月だけで飲み会に2万5千円も使ってしまった」
これを読んだ瞬間、「ああ、まあメガネはこの先数年間使うものだし、少し高くても買っておくか」という気持ちになれました。
と言うのも、私はサークルに所属していないために4月であっても一度も新歓に行く機会がなかったため、飲みにはほとんどお金を使っていなかったからです。一般の大学生は4月5月だけでこれだけたくさんお金を使っている。しかも私は新歓シーズンだけでなく、普段もほとんど飲み会には参加していないわけですから、年間通して一般大学生と比較すると飲み会費に相当な開きがあるはずです。なら、ここでいいメガネを買ってもいいだろう、という発想。
しかし、よく考えてみれば、これは他人がこうしているのだから私も似たようなことをしてやろう、という極めて他律的というか、日本人的な行動の仕方であるのかもしれません。
それはともかく、今回私が改めて感じたのは、リア充と非リア充では必要な交際費に天と地ほどの差があるということです。活発な大学生、つまりはリア充大学生になるためには飲み会はもちろん、カラオケ、ボーリング、ダーツ、ビリヤード、など何をするにしてもお金が大量に必要になってきます。時間だって、自分の時間はほとんど持てなくなるかもしれません。
対して非リア充の場合は、おそらくは一般的大学生の支出割合のほとんどを占めるであろう交際費の項目が低くなるわけで、お金には割りと苦労しない生活を送れそうです。
飲み会も月に一回もあれば多い方でしょうし、その他の遊びも、たまに人とあったときにどこかに遊びに行ったり、一人で漫喫などに遊びに行ったりでそんなにはお金を使いません。その上、自由な時間もたっぷり用意されています。
もちろん、だからと言って、リア充よりも非リア充の方がよい、などと自身の境遇を正当化するつもりは私には毛頭ありません。話す知り合いすら誰もいないようなキャンパスライフはお世辞にも理想とは言えないし、人間的な成長も阻まれてしまいます。
理想のキャンパスライフを一言で言うのは難しいですが、アリストテレスの中庸の徳がここでも通用するように思えます。つまり、派手過ぎず地味過ぎず、リア充過ぎず非リア充過ぎず、適度に人付き合いを楽しみかつ自分の趣味の時間も持つ、という生活が理想なのでしょう。そういう生活を送れている大学生は果たして全体の何%ぐらいなのでしょうか…。
再びクラッチバッグについて
以前いつかブログでもクラッチバッグについて何か話したように記憶しています。クラッチバッグとは、各大学の生協で販売している、大学名入りのあのビニール性バッグのことです。キャンパス内、街中であれを持って歩いている大学生風の通行人を見た方もいるのではないでしょうか。
昨日か一昨日に大生板でこのバッグについてのスレが立っていました。スレ住人のクラッチバッグに対する見方はどちらかと言うと否定的なものでした。私の考えるところでは、それは、このクラッチバッグを持っている主な層がリア充であり、リア充に対する大生板の印象の悪さが、このバッグにあまり肯定的な意見が寄せられない理由の一つであるように思えました。
ちなみに私もこのバッグはあまり好きではないし、もちろん持ってもいませんが、私がこのバッグを持たない大きな理由は以下の通りです。
202 名前: 読書くん ◆syB2oUkKNs 投稿日: 2007/05/06(日) 21:52:23何かの鞄と一緒に持ち歩くならともかく
クラッチバッグだけで大学に来ている人はなぜ
あんな薄っぺらいバッグで持ち物がすべて入るのかが疑問です。
本も少し分厚いやつになると二、三冊が限界でしょうに。
GW期間中の授業に出席
皆さんはGWをいかがお過ごしでしょうか。
私にとっては単に休みが増えただけで、それ以上でも以下でもない、何ということもない毎日が続いています。
ところでこのGW期間中、一日と二日は平日であり、会社はもちろん多くの大学でも授業がありました(大学によってはGW期間中は完全休講にするところもあると聞きました)。私が通っている大学も大学自体は休みではなく、平常通り授業が行われていました。
とは言え、学生にとってのGWなら教官にとってもGWであるわけで、休みを取りたいという思いはどちらにとっても同じです。なので、この二日間はたいていの授業が休講となっていました。
私が受けている授業もほとんどが休講だったのですが、ただ一つだけ休講にならなかった授業がありました。
一つだけだし、出席も取らない講義だったので自主休講にしてしまおうかとも一瞬思いましたが、以下の二つの理由でさぼらずに大学に行ってきました。
一つ目は、通学時間が短いこと。家を出て、電車に乗り大学に行くまで一時間かかるかかからないかといった距離です。片道二、三時間もかかる場所に住んでいれば、一コマだけのためにわざわざ行く気は起こらなかったでしょうが、たかだか一時間であればそれほど苦にはなりません。
そして二つ目に、卒業までに残っている単位数を考えると、今年度はフル単を目指さなければならない。そのためには、全出席を心がけ、休みは極力避けなければならないわけで、ここで休んでしまっては気の緩みが生じてしまいます。
そんなこんなで大学に行ってきたわけですが…
授業が行われている教室に着いてみて私は笑ってしまいました。
席に座っている学生が前回と比べて明らかに激減していたからです。おそらく前回の5分の一も出席者がいなかったような状態でした。
その日はキャンパス内を歩いている学生も少なく閑散としておりました。
ほとんどの講義は休講になるし、やったらやったで出席者がほとんどいないのでは、もう何のために平常授業をするのかが分からなくなってきます。もう来年からはGWは休みにしてしまってもいいのではないか、授業を受けながら思わずそんなことを考えてしまいました。
横浜オフレポ
昨日、せっかくの何の予定もないGW期間中なので横浜でオフを開いてしまいました。
以下スレの方に書き込んだ、そのオフレポになります。興味のある方だけ読んでください。
17:30分相鉄交番前で惨事さんと名無しさんと合流。
もう一人の参加者の方は遅れてくることになっていたので、とりあえず駅近くの喫茶店に行き時間を潰すことに。
喫茶店に行き席に着いたはよいものの、三人ともあまり喋るタイプではなかったために
何を喋ってよいか分からず、沈黙が目立つ気まずい状態に。
座ってから15分ほどしてスレの方を見てみると、もう一人の参加者が横浜駅に着いた様子。
参加者が全員揃ったため、ファミレスにでも行こうという流れになり私が場所を知っていたファミレスまで歩いていってみると、そのファミレスは「ジョナサン」であったため入店を渋る。
味はよいものの、ファミレスの中では割と高級だからだ。
結局、ここは諦め、次はヨドバシの地下のにあるレストラン街に行きいい店を探していたが見つからず。
皆さんに悪いとは思いながらも、そこも撤退し、近くのモスバーガーに行くことに決める。
そして今度こそ入店し、四人席に腰を下ろす。
こういう場でどういう話題を最初に切り出したらよいのかが分からないというのは非リア充に共通した特徴ではないだろうか。
初めのうちは話題がなく、誰かがそれを出してもまたすぐに沈黙の状態に戻ってしまうという気まずい雰囲気がしばらく続く。
このまま終わるわけにはいかない。私はそのように思い始めた。
30分ほど気まずい状態が続いた後、段々場の空気を盛り上がることができる話題が何なのかが分かってくる。大学でのぼっち話や一人飯そしてもちろん大生板の話題などが我々の共通の話題だと気付いてからは場の空気が一転して盛り上がりをみせる。
そうこうしているうちに店内の時計を見るともう21時を過ぎている。
そろそろ帰ろうということになり店を出る。
モスから駅まで歩いていく間に、我々三人ともラーメン好きであることを知る。
二郎の話で盛り上がり、今度は二郎オフでも開こうという口約束を交わし我々は解散した。
ぼっちスレ乱立と収束に見る新入生の行動
一昨日久しぶりに大学生活板のコテハン銀月さんと会ってラーメンを食べてきました。
彼とも話したのですが、周りの新入生を見ていていつも感嘆させられるのは、彼らの友達を作る能力の高さと巧みさです。例えば一年生の初回の語学の授業に出席しても、周りはなぜか昔からの友達であるかのごとく親しく会話をしている。高校からの友達なのかと思えばそうでもなく、初対面であるのにそのように仲良くできていることを知り我々非リア充は愕然とさせられる。
そうしてほとんどの新入生が友達を作りグループを形成していく一方で、それに失敗する新入生も出てきます。所謂「ぼっち」というのがそれです。大学生活は最初の三週間が勝負とも脅されていては、ぼっちとなってしまった新入生の内心の動揺はひとしおではありません。
今月初め、大学生活板では「ぼっち」に関するスレが乱立しました。先月までは適正な数(常にいくつかはあるのが大生板ですから)しかなかったぼっち系のスレが、今月になって爆発的に増加したというのは明らかに新入生がそれらのスレを立てていたからだと考えて間違いはないでしょう。連日のようにぼっちスレが立ち、大生板はぼっち専用板と化した感がありました。
しかし、二年生以上のぼっちはこの状況を苦々しい眼で眺めていたに違いありません。なぜなら新入生はまだ入学してから一ヶ月も経っていないのであって、まだいくらでも簡単に挽回が可能だからです。やれぼっちだ、やれ友達ができないとうそぶいていた新入生たちもそのうち友達を見つけて大生板から去っていくものだと思われたのです。
そして、その推測は大方当たっていたように思えます。その証拠に、前に比べて、今の大生板からは目に見えてぼっちスレが減少しました。数週間前、ぼっちスレを立てていた新入生も大半は属するグループを見つけたのでしょう。そうして人はぼっちの状態から脱していくものなのです。
それでもなお、ぼっちを脱することができなかったもの(これはまだあと一月ほどは待たなければならないでしょうが)が、キャンパス内において真のぼっちとなっていくのです。友達を作ろうにも周りはすでにかたまっている、サークルに入ろうにももう歓迎の時期は過ぎてしまった。そんな落胆を抱きながら日々キャンパス内を彷徨い「なぜ自分は大学に入ってしまったのだろう…」とうつむきながら自問自答する日々。いつしか彼はネットの世界に魅せられるようになるだろう…。
(ベジータ)「これからが本当の地獄だ…」
単位計算という煩わしさ
今日は高校時代の知り合いの一人に久しぶりに会ってきました。向こうは理系で研究があまりに忙しかったために、家から十分通える範囲内の大学に通っているにも関わらず、途中から大学の近くに一人暮らしを始めました。そのため、彼が実家に帰ってくる限られた時期にしか会えないため、最近は数ヵ月に一度ぐらいの頻度でしか会っていません。
今日会って色々話しをしてきたわけですが、それらの中で興味深かった話題を一つ。
それは、卒業に必要な単位計算に関する文系と理系の違いです。
大学を卒業するためには定められた単位数を取得するだけでよいのでは決してなく、その内訳つまり「単位計算」が欠かせません。教養が何単位、第二外国語はこういった組み合わせで何単位、専門もこれこれこういった枠から何単位ずつ取る…、というように細かな決まりがあり、それを満たさないと、単位数だけ満たしていても卒業できません。勘違いなどにより、この単位計算を間違えて留年の憂き目を見る大学生はまれにいると聞きます。
これは私が所属している学部、つまりは文系学部での話であるわけですが、これまでずっと理系でもそうなのだろうと思っていました。
しかし、今日話してみて、意外にもそうではないと知らされ軽いカルチャーショックを受けました。彼の説明によると、理系はほぼすべての授業が必修であり、授業選択の余地がほぼ皆無なので、単位の数え間違えはほとんど発生しない。大学にもよるだろうが、彼が通う大学では第二外国語すら選択の一つで特に制限はなかった、ということでした。
考えてみれば確かにその通りで、理系はほとんどの授業が必修という扱いなので、自分で煩わしい単位計算を行い、卒業時に、それが間違っていないかどうかで不安に陥る余地があまりないわけです。高校までの授業と同じで、与えられた科目を無難にこなしていれば単位計算の心配がなく卒業できるわけです。
そう考えれば理系が羨ましく…、はなりませんね(汗。単位を取るのは理系の方がはるかに難しいし、留年もしやすくなります。決められた講義を受けなければならないというのは、退屈な講義、単位が恐ろしく取りにくい講義なども甘んじて受講しなければならないことを意味します。単位計算が面倒でも、少なくとも私は文系のままで十分だ。そう思いました。
たった一度の遅刻が…
昨日あれからすぐに寝ようと思い、就寝準備を整え、布団には入ったもののなかなか寝つけず結局眠りに入れたのは深夜二時を過ぎた頃であったように思います。今日一限のテストを受けるためには七時半過ぎ頃には起きなければなりませんでした。
ここ数日、テストのために睡眠時間が不足していたため、起きられるかどうか正直言ってかなり不安だったのですが、何とか気合で起きて無事受けることができました。
肝心のテスト結果の方は無事ではなかったわけですが、それでも受けられないで終わってしまうのに比べればどれだけマシか分かりません。
私のように朝が苦手な大学生であれば多くの方が一度ぐらいは経験があるのではないでしょうか。出席もして、テスト勉強もしっかりしていたと言うのに寝坊してしまったばっかりに単位を落としてしまったという悔やんでも悔やみ切れない思い出が。
単位が取れるかどうか微妙な科目であればいざ知らず、それが楽勝科目であったりしたときの悔しさというものは並大抵のものではありません。
それまでの苦労がたった一度の失敗で水の泡…。
これではあまりにも不公平ではないか…などという身勝手な愚痴も吐きたくなるというもの。
しかし、考えてみれば世の中はそんな「一発勝負」だらけです。
例えば、大学入試や資格試験などは、どれだけ準備が完璧であったところで当日遅刻して受験できなければ一巻の終わりです。社会人になって働き出したらたった一日の遅刻がその人の信用を大きく引き下げます。
それを思えば、寝坊したところでせいぜい二単位、四単位失うだけで済む大学のテストなど厳しくも何ともないと言えそうです。
もしもそれが必修科目であり、それを落としたがために留年などという事態になってしまったら非がどこにあるかは置いといてこの世を嘆く資格もあるのかもしれませんが…。
試験前は普段読まない本を
試験前になりぼちぼち試験勉強を初めています。
試験勉強といえば、普通はノート集めに奔走したり、過去問を教えてもらったりというのが一般的な形であると思います。
しかし、大学内でぼっちの私には、同じ講義を受けている知り合いからノートを貸してもらったりはできませんし(もちろん見知らぬ方に突然ノート拝借をお願いしたりはしません)、サークルにも所属していないため過去問をまわしてくれる先輩も皆無です。
そのため、それとは違う方法で試験を乗り切らなくてはなりません。
では、どのように勉強しているのかと言えば、試験前になったら講義に関連した本をひたすら読む、これです。例えば会社法なら会社法で市販されている分かりやすい参考書や一般書を一冊買うなり借りるなりしてきて試験前までに目を通しておく。
この勉強法は、試験で単位を取ることだけ考えると確かに効率は悪いかもしれません。おそらくは、一般的な勉強法の方がいい成績は取りやすいでしょう。しかし、試験を度外視したときに、より本当の知識が残るのはこのやり方であると私は信じています。
大学とは自分で勉強するための場所だという言葉が本当であるならば、講義とはあくまでも学生を自主的な勉強に向かわせるきっかけであるべきで、講義だけで終わってしまうのは勿体ないでしょう。
試験を受けるために、何冊かの普段はあまり読まないようなジャンルの本を読むことは、単位も取れて(落とす場合もありますが)、なおかつ自分の勉強にもなってまさに一石二鳥だと言えます。この勉強法を採用しない手はないと、今では半ば楽しみながら学期末試験に臨むようになってきています。一見辛いように思える行事の中においても、自分なりの楽しみ方を見出せれば少しは楽しくなってくるものです。
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大物固定の引退ラジオ
一昨日夜、大生板に衝撃が走った。今年度、春に大生板でコテデビューを果たし、これまで「また僕のスレか」や「僕の人気に嫉妬」などの数多くの名言を残し、知名度だけで言えばおそらくは大生板において他の追随を許さなかったあの大物コテ―ミートさんが電光石火の引退劇を演じたのだ。
事の発端は、夜10:00頃のミートさんの書き込みであった。「本日10:30より引退ラジオ」という内容の本人のものによる書き込みがなされた。私はこれを見たとき、自分の眼を疑ってしまった。「あのミートさんが引退!?まさか、そんなことが…」というのが正直な感想だった。他の住人の多くもきっとそれと同じ思いだったのではないだろうか。中にはネタか釣りの類だろうと思った方もいたに違いない。
しかし、いざラジオが始まってみると、どうやらそうではなく、本当に引退を考えているらしいことが分かる。引退の理由は「コテハンとしての活動が精神的・肉体的に限界に達したから」というものであった。彼のこの言葉に嘘はないであろう。彼はコテデビュー以来、ほぼ毎日のように、暇な時間の多くを大生板に捧げ、書き込み数も一日平均200は優に超えていたはずだ。しかもその大半は、自スレでの独り言と新スレでのツッコミで占められていた。疲れない方がどうかしている。
その活動(特に後者)の中から、数多くの名言が生み出された。上述の二つの他にも「一番の○○は>>1だけどな」や「続きはブログで」など数え上げるとキリがない。だが、それももう見納めだ。そう思うと、少しだけ悲しくなってきたりもする。
コテとしてのミートさんを考えると、お世辞ではなく、彼は固定の鑑ですらあったと思う。その理由は、決して馴れ合いに走らず、あくまでも自分のキャラを貫き通したからだ。
ほとんどのコテハンは、最初はキャラを作っていてもすぐに疲れてしまい、馴れ合いキャラに転じてしまうものである。それをせずにキャラを維持し続けた彼を私を含め、多くのコテハンは見習わなければならないのではないか。
好むと好まざるとに関わらず、板で最も知名度のあったコテハンの引退で、板が今後どのように変わっていくかは私には分からない。今私に言えるのは、何かしらの変化があるに違いないということだけである。
これまでそれこそ「身を削って」板での活動を行ってきた彼に対して一言「お疲れ様でした」と言わずにはいられない。
テスト前なので…
昼夜逆転とも言える乱れた生活を元に戻す決心をしました。
冬休みになってからというもの、以前一時期持ち直したかに見えた生活がまたしても乱れてしまい、最近は日の出頃に寝て、昼過ぎに起きるという有様でした。
冬にせよ夏にせよ、長期間の休みになるとどうしてもこうなりがちです。
そして、生活が乱れるのは簡単なのに、それを正常なリズムに戻すのは至難の業。
夜早く就寝しようと思っていても、本を読んだりしているうちに、気付いたら朝になっていたりします。また、仮に早く布団に入ったとしても、何せ昼過ぎまで寝ていてはそう簡単に眠れるものではありません。数時間も布団の中で横になっていて、寝れた時間は結局朝方であった、などということも日常茶飯事でした。
しかし、もうそろそろテストが始まることを考えると、生活を改善しないわけにはいきません。
そのためにはまずは、朝起きるようにしなければなりません。
そして、人間には二通りのタイプがあって、一つが、睡眠時間を削っても大丈夫なタイプ、そしてもう一つがそれができないタイプ。
私はこの後者のタイプで、一日二日程度でしたら4、5時間程度の睡眠でも耐えられますが、その生活を一週間は続けられません。
一日平均7時間は睡眠時間がほしいところです。
それだけの睡眠時間を確保してなおかつ朝起きるためには当然ながら夜早く寝るようにしなければならないわけですが、夜型人間の私にとってはこれが一番難しい。
とりあえず、テストが終わるまでは夜12時以降はパソコンを使わないようにしてみようと思っています。
それから、お風呂や歯磨きなどの就寝準備も最低でも夜1時半頃までには済ませて、2時には布団に入るようにしてみるつもりです。
そしたら、9時には起きられますから、そこそこ正常な生活に近づけられます。
まあ、考えてみればこれでも一般的に見れば昼夜逆転生活でしかなく、私が本当の朝型生活に至るまでにはまだまだ時間がかかりそうではあります。
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大学生活も最初が肝心
これは最初の一ヶ月で気をつけるという点では最も優れたアドバイスだと思います。
大学生活4年間は初めの一ヶ月でほぼ決まります。
その大切な時期にこの板になじんでしまっては廃人生活が確定したようなものです。
ここにくるのは3ヵ月経過して、どうやらぼっち生活を送らざるをえないようだ、ということが分かってからにしてください。
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ネットによる現実への侵食
それはありますねw
私も例えば二俣川で免許の試験を受けているときに
「運転者は交通ルールを守って、安全運転に努めなければならない」
のような問題に遭遇するたびに
「これは○だろ~。常識的に考えて…(AA略)」
のAAが思い浮かんで仕方ありませんでした。
2chがリアルを侵食し始めているのを嫌でも感じます。
駒場東大前駅に感動
もう学園祭日記はうんざりだと感じられたかもしれません。
私も今週連続で書いていて、そろそろ飽きてきました。
今日で最後にしようと思います。
一昨日のことでした。ネットで調べると、東大の駒場キャンパスが学園祭開催期間中だと知り、一度は東大のキャンパスを見学に行きたいものだと思い、午後から遊びにいくことにしました。まずは渋谷まで行き、そこから乗り換えを調べると、たったの二駅だったので、早稲田のときと同じく、歩いて行こうかとも考えました。しかし、京王線が延びている側の地理には詳しくなかったため、やむを得ず鉄道を使いました。
最寄り駅は「駒場東大前駅」です。その名の通り、駅の目の前に駒場キャンパスが広がっていました。早速キャンパス内に入ると、なんとなく学園祭に元気がないような気が…?と思っていると、東大のメインキャンパスは駒場ではなく本郷であることを思い出す。おそらく本郷の方はもっと盛り上がっているのでしょう。それと、早稲田、慶應という日本で最も人を集める二大学園祭に行ってきた後だったのも影響していたのかもしれません。
中を少し歩いていると、カクテルを販売している屋台が目に入ってきました。値段を見ると200円だと書いてあります。アルコールを外で飲んで200円なら安い。私は初め、何も買わずに帰るつもりでいましたが、ここで一杯お酒を飲むことにしました。
それから、そのままキャンパス内を直進し、正門からはちょうど反対側にあたる門から外に出て、ここからは歩いてどこかの街に行こうと決意。学祭滞在時間僅か5分。
道路標識などを頼りに歩いていると、どうやら原宿と新宿が歩ける範囲にあると分かりました。原宿に大きな古本屋があったのを思い出し、原宿の方に向かいました。代々木公園を横目に見ながらやがて原宿に辿り着く。日曜だけあって、凄い人出でありました。
原宿に着いたら次は神保町に行き古本を買い込もうと思ったものの、原宿にある古本屋で時間を潰していたら、何だか疲れてしまいそんな気分ではなくなってしまったので、神保町ではなく、渋谷に戻ることに決めました。疲れていましたが徒歩で渋谷に向かい、某有名ラーメン店で昼(夕)食をとり、そのまま帰路につきました。
学園祭に遊びに行ったというよりも、ただ単に一人で散歩に行っただけではないかという感じの一日でしたw
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非リア充読書くんの学祭レポ(慶應編)⑤
待合場所へと向かう。スレ住人の方が薦めてくれた待合場所は他の場所に比べれば人が少ないものの、それなりには混んでいる。私らの他にも、そこで待ち合わせをしている方もちらほらといて、誰に声をかければよいのか分からない。
あちこちと歩き回っていると、門衛所の前に立っていた方に、何となく非リア充オーラを感じる。スレに書き込んで確認を取ってみようかと思ってスレを見たら
「今門衛所の前にいる」
という内容の書き込みが!やはり彼がそうだったのだ。私は緊張しながら彼の方に近づき声をかけると、彼(以後Sさん)も明るく応じてくれる。お互い簡単に挨拶を済ませてから、キャンパス内を二人でぶらぶらと歩き始める。
最初はキャンパス内を歩きながら話していたが、次第に寒くなってきたので、建物内に入って椅子に腰をおろして話すことにした。
ミスコンや、非リア充的な大学生活、そして○chについての話題で盛り上がる。
ミスコンについては、なぜ彼女たちがあれほど人気があるのか分からない、という点で認識が一致。非リア充同士、異性の好みなどもある程度は共通点があるのかもしれない。
大学生活については、お互いの非リア充ぶりを語り合う。高校までとは違い、大学では自分から動かないと友達ができにくいものだし、入学後一ヶ月ほどしてしまうと、新入生もグループを作ってしまうので、それまでが勝負だ、そこで失敗すると孤立してしまう。お互い最初で失敗してしまい、非リア充になってしまったのだろうと確認する。
Sさんの話で一番印象的だったのは次の一言。
「初対面の人と会話してるときに○chの話題を出してひかれてしまった…」
これはあるw。
電車男でだいぶイメージが改善されたとはいえ、まだまだ世間の○chに対するイメージは悪い。初対面の相手や、まだそれほど相手の趣味がよく分からない状態では、これに関する話題を出すのは危険だといえるだろう(あまりにも○chに浸かりすぎるとそういう感覚が麻痺してくるから困る。現実で思わず○ch語を発しそうになってしまった経験はちゃねらーなら少なくはないのではないだろうか)。
それだからこそ、こうして自由奔放にその話題を出して話せるのは嬉しいものだ。普段の人間関係ではなかなか経験できない貴重な機会である。似たような趣向や性格の人間が気軽に知り合えるというのは、功罪あるネットの大きなメリットの一つであるだろう。
そんな話を一時間ほどして、まだまだずっと話していたかったが、この日は私が夜にバイトの予定があったためにそろそろ帰らなくてはならなくなった。二人で最寄駅まで歩いていき、楽しい時間を共有できたことに感謝してから別れる。
これで長くなってしまった学園祭レポ(に名を借りた単なる日記)も終了です。最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
当初はもっと多くの大学祭に遊びに行くつもりでしたが、早稲田祭に一人で行ったときに、一人で学園祭に行ってもほとんど楽しめないということに気付いたため、結局早稲田、慶應、東大(駒場)の三校しか訪れられませんでした。来年は、オフでも開きながら、他にも色々な大学に遊びに行けたらいいな、などと思っています。
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非リア充読書くんの学祭レポ(慶應編)④
ミスが発表されて、この後質疑応答ぐらいはあるのかと思っていたら、これでもうミスコンは終わりだという。始まってからまだ15分ぐらいしか経っていない。ただ賞の発表、受賞をするためだけにステージに姿を現したという感じだ。これだけマスコミや一般観衆から注目を浴びるイヴェントであるから、もっと色々な企画を用意しているのかと思ったら意外にあっけなく終わってしまった。
とは言っても、それからすぐにミス達が退場してしまったわけではなく、マスコミや観衆のためにしばらく撮影タイムが提供された。
マスコミも観衆も皆挙って、デジカメや携帯カメラをステージの方に向け写真を撮り始める。それまでは後ろの方で見ていた観衆も、このときばかりはできるだけ前の方に進もうとしたために、ステージ前はひどく混雑している模様。押し合いへし合いとはこんな状態を指して使う言葉だ。
ところで、このとき私はどうしていたかというと、どうもしていない。つまり、相変わらず後ろの方に突っ立ち、撮影に興じる方々を眺めていただけだ。結局一枚の写真も撮らなかった。
こう書くと、私に反感を持たれる方もいるかもしれない。つまり、周りが盛り上がっている中で、自分一人が冷めた態度を取り、斜に構えることで自分をクールだと思い込み、そんな自分に酔っているだけではないか、という風に。
だがそうではない。私は本当に異性としてのミス候補者には格別何の魅力も感じていなかったので、写真を撮りたいなどという思いはこれっぽっちも湧いてはこなかったのだ。なぜ周りが、ミス候補者に対してあれほど熱烈に思い入れているのか、私は理解できなかったし、今もまだ理解できていない。
そうして、10分ほど経つと、盛り上がりを見せた撮影タイムも終わり、ミスコンは閉幕を迎える。
ここで、銀月さんグループとは別れ、私は再び一人になる。もうそのまま帰宅の途につくつもりでいたが、この日はもう一つ嬉しいハプニングがあった。それは以下の通りである。
昨日の日記で、南校舎五階からミスコンを見ていた方がスレに書き込んでいた、と述べた。せっかくの機会だったので、私は彼に向けてこういう書き込みをしてみた。
「ちょっと顔合わせ(場合によっては相互ヲチ)でもしますかw」
すると彼からの返レス。
「いいですよw
適当に場所と時間決めちゃってください。
他のぼっちも集まればいいんじゃないw 」
賽は投げられた!今更「いや、やっぱり…」などと言い訳をしたとしたら私はとんだお笑い種だ。勇気を出して、会うことを決意する。おおまかな場所と時間を決めて、私は自らを励ましながら待合場所へと向かう…。
(続く)
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非リア充読書くんの学祭レポ(慶應編)③
ところで、銀月さんは一人ではなかった。彼含めて四人で行動していた。話を聞くと、地元の友達で小学校の頃からの「腐れ縁」だという。そんな話をしているうちにふと時計を見ると、もう三時近い。本日のメインイヴェント(?)ミスコンが始まる時間だ。果たして誰が優勝するのか、楽しみである反面、実はそれほど興味がなかったりもしたものの、一応話題性のあるイヴェントなので見ておこうと思い屋外のステージに向かう。
ステージに着くと、まだイヴェントは始まってはいなかったが、ステージ前は人で埋め尽くされていて、後ろの方で観ることを余儀なくされる。ここで忘れてはならないことがある。それはスレでの実況だ。半ばそのために遊びに来たようなもので、それを怠ってしまえば何のために来たのか分からなくなってしまう。イヴェント開始が近い旨を私はスレに書き込んだ。
そして、スレを見ていると、ステージの裏側にある校舎の五階でミスコンを見ているという住人の書き込みが。そこで私は、同じちゃねらーとしての「同志愛」のようなものが芽生えてきて、「もしよければそこから手を振ってくださいw」という内容のレスを書き込む。それからしばらく、五階からミスコンを眺めている方々に目を凝らしていると…、誰かが軽く手を振ってくれたような気がする!我々は嬉しくなり思わず手を振り返す。
だが、いまいち反応がない。我々の勘違いか、もしくはスレを見た全くの別人だったのかもしれない。
その後スレを見てみると、やはり彼は手を振っていないことが分かり軽く失望する。
そんな空回りを演じているうちに、いよいよミスコン開始のアナウンスが流れてきた。マイクを持った、いかにもリア充という風貌の司会者が候補者を紹介し、ドレスに身を包んだ各候補者が姿を現す。
それから、各候補者の簡単な自己紹介があったかなかったか、それは記憶が定かではない。が、一つだけ言えるのは、始まって数分後にはもう○○賞の発表が始まっていた、ということだ。ベストドレッサー賞だとか何とか賞などで、五人すべての候補者が何かしらの賞を貰っていたように思う。それぞれの賞品内容は忘れてしまったが、一つ覚えているのは、ディズニーシーだかランド(両方?)の年間パス。これが発表されたときは観客の中から思わずどよめきの声が上がった。
そして遂にメインであるミスの発表。準ミスはエントリーナンバー一番の方。そして、途中経過やネットでの評判などに少しでも通じていた人間にとっては最早言うまでもない、ミスはエントリーナンバー二番の方。番狂わせがあれば面白いとも思っていたが、予想通りの結果であった。
そして、優勝した二番の方が簡単に喜びの言葉を述べた後、司会者から賞品(副賞)の内容が明かされる。それが何と、「BMW」だというのだ!タミヤの模型ではない。正真正銘の本物の高級外車である。この驚愕の事実が発表された瞬間に観客の中から起こったどよめきは、先ほどの年間パスの比ではない。学園祭の賞品など、年間パスでも十分すぎるほど高級なものに違いない。それであるのに、桁違いのこの副賞。
これほどの豪華な賞品を提供できるのは、もちろんこのイヴェントに多くの企業がスポンサーとしてついているからだ。そして…、まあ、これ以上は、ネットなどで色々と書かれているため、わざわざここで述べるつもりはないが、今回こうしてミスコンに興味を持ってみて分かったことは、有名大学のミスになる、というのは、ただ単に個人の虚栄心を満たす以上の価値と背景がある、という点である。大学生にもなれば、人間は多くの点で実社会との繋がりを求めるようになる。打算や利益に基づいた行動が増えていくのは悲しいものだが、それを理解しながら楽しむのが大人な態度なのだろうか…。
(続く)
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非リア充読書くんの学祭レポ(慶應編)②
正門から大学の中に入る。一歩学内に立ち入ると、そこはもうリア充の聖地、屋台がいくつも並び、「おでんいかがですか~!」というような掛け声が聞こえてくる。それにしても凄い人出だ。通路がどこも人で埋め尽くされてしまっていて、人を避けながらでないと前に進めない。
私は人ごみが苦手だ。この人出の中を一人で歩いていたら、何となく気分が落ち着かなくなってきた。いったん退散し、キャンパスの外を探索することに。
この日、どうしても確認しておきたかったもの、それは「三田二郎本店」。慶應大学のすぐ近くにあるということだけは知っていたが、それ以上は何も知らない。暇つぶしにキャンパスの周りを歩き、どこにあるのか探してみる。
すると、割とすぐに見つかった。正門を右に曲がり、一、二分歩いたところに例の「二郎」特有の黄色い看板を発見。
が…、店は休み(臨時休業?)なようで、シャッターが下りていた。
二郎の位置は確認できたので、今度は正門から左の方に歩いてみる。この通りの向こうの方に東京タワーの雄姿が見える。この戦後日本を見守り続けてきた愛すべきタワーは、第二東京タワーの完成により、その役割を終えたとしてもきっとこのまま記念として残されるのだろう。
そんなことを思いながら歩いていると、何やら、いかにも明治時代に作られたというようなハイカラな洋館のような建造物が目に入る。どうやらこれが慶應大学の東門であるようだ。
この門から再度キャンパス内に立ち入り、あてもなくキャンパスの中を歩き回る。どこか落ち着ける場所はないかと探していると、「山食」という名の学食を見つけたので、そこで時間を潰すことに。入り口のところの掲示板に「山食」の説明書きが貼ってあり、それを見ると、「山食」のお薦めメニューはカレーだと書いてある。普段ここで食べる学生の半数以上がこのカレーを頼むほどの人気ぶりなんだとか。そこで、カレーを注文し、食べてみる。
ところで、ここでちょっとしたハプニングが発生。何と、カレーを食べ終わり、そろそろ出発しようと思っていたときに、銀月さんが突如食堂に姿を現したのだ。私は一瞬自分の目を疑ってしまった。なぜ私が食堂にいると分かったのか、その理由が分からなかったからだ。しかし次の瞬間、その理由が分かり、私は落ち着きを取り戻した。その理由とはこうだ。
先日のブログでも書いた通り、私がこの大学の学園祭に遊びにきた理由の大半は、大生板で実況をすることにあった。カレーを食べているときもやはり、私はそのことをスレで報告した。その書き込み内容を見て銀月さんは食堂まで駆けつけてきてくれたのだ。
それにしても、スレに書き込みをしてからおそらく10分も経っていなかったし、銀月さんが学園祭に来ているかどうかすら知らない状態だったので、これは驚きと嬉しさの入り混じったハプニングだった。
(続く)
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非リア充読書くんの学祭レポ(慶應編)①
今日は昨日ブログで書いた計画通り、慶應大学の学園祭に遊びに行ってきました。以下ちょっとしたレポートのようなものを書いてみようと思います。
京急で泉岳寺まで行き、そこから浅草線に乗り換えようと思ったものの、携帯で調べてみると、泉岳寺から三田は隣の駅。電車で一分の距離だ。これは歩いていこう、ということでキャンパスまで歩く。
この道を歩くのは久しぶりだ。昔、建設途中だったビルがいくつか完成し、その雄姿を現している。周りを見渡すと、至る所で高層マンション・ビルの工事が施工されていて、まさに今東京は建設ラッシュなのだと実感させられる。
それにしても東京都心はすごい。凡庸な表現だがその一言に尽きる。その圧倒的な経済力には、思わず感嘆の念をもらさずにはいられない。
○○という全国的に見れば、大きな都市で育った私でもそんな思いにとらわれてしまうのだ。もっと小さな都市から東京にやってきた青年が、この光景を見て激しいカルチャーショックを受けるというのも当然の話だろう。将来は都心に住みたいものだと思いながらも、いや、愛着のある○○に留まるのも悪くはない…。
そんなことを考えているうちに、早くもJR田町駅に到着。ここから三田駅までは目と鼻の先だ。三田駅の方に歩いていくと、いるいる、見るからにリア充という風貌のグループが。
私は、駅から大学までのルートを知らなかった。それでも私は心配していなかった。なぜなら、彼らについていけば、リア充グループによって作られる人間の波に乗っていけば、自然と大学まで連れて行ってくれると確信していたから。
そして、やはりそれは正しかった。思ったよりも早く、慶應大学正門前に到着。
(続く)
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再び「リア充の宝石箱」の地へ
明日は以前記事で少し触れた「三田祭」に遊びに行くつもりでいます。
早稲田のときもそうでしたが、おそらく慶応もそれと同等、もしくはそれ以上の「リア充の宝石箱」状態であるに違いなく、非リア充の私としては、今から激しい緊張を感じています。
明日の目玉企画の一つに「ミスコン」があるようです。
ご存知の方もおられるでしょうが、今回このイヴェントを巡って、ここでは口にするのを憚るような、様々な疑惑や騒動が持ち上がったようであります。
これまで全くミスコンなどに興味を持たずにきた私ですが、今回第三者の目でこのイヴェントに興味を持ってみて、色々な「裏」を知ることができたような気がします。
一番大きな衝撃だったのは、過去のミスコン優勝者のその後を見ても分かるように(これも今回初めて知った事実でした)、ミスコンで優勝するということは、ただ単に空しい虚栄心を満たす以上の意味がある、という点です。
初めは、ミスコンで優勝したから脚光を浴びて、マスコミなどとのつながりができたりするのだろう、などと漠然と考えていました。
ですが、色々と調べてみると、どうも話はそんな単純なものではないのではないか、と思うようになりました(これ以上詳しい事情を書くのは控えますが)。
そんなイヴェントが、明日どのような結末を迎えるのか、それには少なからず好奇心をそそられる部分があります。
余裕があれば、観に行ってみたいですね。
そして、もちろんその際は、大生板での実況も欠かさないつもりです。
て言うか、半分はそのために行くようなものですからw。
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そろそろ決起の時期
ネット上で活動しているだけでは、曲がりなりにも文章力や思考力が身についたとしても、社会に出てから最も必要とされる能力の一つ―コミュ能力は養われない。
そんな当たり前の事実に最近気付き、ちょっと現実でも積極的に動き始めようかと思っているところです。
今までも「思った」だけなら何度もあったのですが、如何せん口だけで、実際の行動に移してはきませんでした。
しかし、もうそろそろ、言葉だけで自分を欺き続ける時期は終わりにした方がよさそうです。
行動を起こす過程で、ときには非難もされ、ときには嘲笑もされるでしょう。
それでも、このまま動かないままで朽ちてしまうのに比べればどれだけマシか分かりはしません。
成長のためには、どうしてもある程度の痛みは避けて通れない、と言います。
ウジウジと悩んでいないで行動し、その中で生じる問題に一つ一つ答えていくことで、精神的な成長を図らなければならない、最近はその思いを強くするばかりです。
昨日ちょっと触れた、人生初のオフ参加を決定したのも、そんな意味合いもありました。
いきなり現実社会で付き合いを増やすのは難しいものです。
でも、ネット社会の中ではすでにそれなりの範囲での付き合いがあります。
まずはこちらの側から積極的に行動を起こしていくつもりでいます。
まあ、一言で言うと、信用できるオフには今回のように勇気を持って参加してみることにする、ということですw
次は今のところ、ぼっちスレ(AJISU)オフ参加を考えています。
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新時代の予備校大学
L○C大学は非リア充にとっての理想←一応伏字でw
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/campus/1163603856/l50
大学は単位を取りにいくだけですし、キャンパスライフみたいなものはないわけですから、資格取得を目指しているのであれば、最初からLEC大学に行ってしまった方がよさそうです。
図書館なんかは、地域の図書館に行く手もありますしね…。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、某大手資格予備校が数年前、大学法人申請をし認可されました。
大学になったとは言っても、特別なキャンパスがあるわけではなく、これまで同様、各地域の校舎に通い、授業を受けるだけであるようです。
しかも、驚くべきことに、授業も他の一般の予備校生と同じ教室で同じ授業を受ける、と聞きますから、これまでの常識を覆す新時代の大学だと言えます。
一応、その大学専用の席があったりはするようですが、実質的には、大学生と予備校生の区別はつかないわけで、あまり大学に通っているという気分にはならないでしょう(内部生から見ると、一般の予備校生って「特別聴講生」みたいな扱いになるのでしょうか?)。
そんなわけで、実態はほとんど「大卒資格が得られる予備校」のようなものであるわけですが、資格を取得し、就職さえ堅実に決まるのであれば、初めからこの大学に入学する、というのも選択肢の一つであるような気がするのです。
非リア大学生にとっては、楽しい「キャンパスライフ」とは無縁ですし、授業内容自体も、おそらくは予備校の方が分かりやすさと面白さの点では上でしょう。
ただ、この大学に進学するデメリットの一つに、不幸にも資格試験に挫折し、一般企業に就職しなくてはならなくなったときに大変不利な立場に立たされる、という点があります。
と言うのも、この大学の「学部」は「公務員養成学部」のようなものであるわけです。
一般企業への入社を希望するとき、この学歴はどう影響するのでしょうか?
今は「学歴不問」を唱える企業も多く、大学名は言わなくてもよいにしても、大学で何を勉強したか、つまり、何学部に所属していたかぐらいは訊ねられるものでしょう。
面接時…
面接官「あなたは大学を卒業しているようですが、大学では何を勉強してきたのですか?」
L大生「え~と、その…、公務員になるための勉強を4年間続けてきました…。」
面接官「え!?何それ?」
L大生「え~、つまり、公務員養成学部というものに属していまして…。」
面接官「なら、公務員目指した方がいいんじゃないの?」
L大生「…」
こんな展開になってしまいそうで怖かったりします。
しかし、意地でも資格を取得する覚悟があるのであれば、最低限の努力と最高の効率でそれが成し遂げられるこの大学はなかなか魅力的であります。
数年遅く生まれていれば、もしかしたらこの大学に進学していたかもしれません。
(後記:次の記事に続きを書きました)
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土日祝日の怪
土日祝日に昼間外出しても、夜9時前にはほぼ必ず帰宅する私には不思議でなりません。
>>424
高校の文化祭ほど不快極まりないイヴェントはありませんね。
私も高校時代の文化祭では、いたるところでナンパ師とナンパ待ちの中高生が溢れかえっていて、ここは出会い広場かと皮肉りたくなるほどでした。
もちろん私は出欠のためだけに学校に行き、それが終わり次第早々と街に遊びに行きましたが。
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「リア充の宝石箱」
予告通り、本日早稲田の学園祭に行って参りました。
予定より少しだけ遅い出発。
リア充王国へ一人のキモオタ青年が堂々と向かうその雄姿を見よ!
>>422
数十万のリア充の中におくせず飛び込む我が同士達よ。
今こそ我等の鬼神もなかしむる、この勇気をともに讃えようではないか!
迫りくる決戦の準備運動のため、渋谷から高田馬場まで歩くことに決めました。
おそらく10時頃には到着する予定です。
ひろゆきさんと田原さんの講演は早く行かないと締め出される恐れがありますね。
意外に遠かった…
もうキャンパス内に入ります。
ある程度予想はしていたものの予想を上回るリア充ぶりに、私読書少なからず吐き気と嫌悪感を覚え口元に苦笑いを浮かべながら、早くも帰宅したくなってきました。
それでも、一応ひろゆきさんの講演パンフだけ受け取りました。
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2chが先か、非リアが先か
ボクは一年の頃ぼっちで、2chにはほとんど来なかった。
毎日が辛くて辛くてたまらなかった。
二年の途中から2chに頻繁に書き込むようになり、ひょんなことからコテを始めるようになった。
そしたら、自分の居場所を見つけられた安堵感からか生きてることがそれほど苦ではなくなった。
ボクは2chとネットのおかげでかろうじて生きていられると思っている。
今2chを止めれば、きっとボクは発狂するだろう。
思い出なき大学生活
大学生活を記念する写真が一枚も残らず卒業
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/campus/1162210209/l50
しかし、数十年後に大学時代を振り返ったときに果たしてどのような想いに捕らわれるのだろうかと思うと、少なからず鬱な気分に陥ってしまうのです。
私は多分いかないと思いますが・・・。
別に大学に思い出はありませんし、聞いた話では卒業アルバムって値段が一万超えるって言いますし。
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一人学祭では何をすれば…
昨日コメント欄で紹介いただいた、銀月さんのサイトを見た感じでは、どうもミスコンは、屋外で開催されはするものの、非常に混雑していて、余裕を持って見られそうにないため、たぶんこのイヴェントは見ないで終わりそうな気がします。
別に見れないなら見れないで全く構わないのですが、せっかく学園祭に遊びに行くのですから、何かしら記憶に残るような、楽しめるようなイヴェントなり催し物なりを見てから帰りたいというのが正直な思いです。
何かあるでしょうか?一人で行っても楽しめるようなことが。
高校の学園祭でもお馴染みの屋台の食べ物は基本食べるつもりはありません。
一人で屋台に並ぶのは空しすぎますから。
でも、食品関係を除くと魅力が半減しがちなのもまた事実。
古本屋でも出店してくだされば嬉しいのですが…。
何だか、ぐるりと一周廻っただけでキャンパスから退出することになりそうな悪寒。
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学祭参加校一つ目決定
よい人間はそれをさらに上げるのは難しいし、下がってしまうと失望感も相まって、評価ががた落ちしてしまったりもします。
それにたいして、悪い人間はその後徐々に上げていけば実際以上に評価される希望があります。
もしこれが本当であれば根暗ぼっちキャラの私はこれから…
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非リア充も学園祭を楽しもう
「ぼっち大学生スレ」で学祭オフが開かれるかもしれない状況です。
私はオフに参加するかどうかは不明ですが、何だか2chでの話題作りにはなりそうな気がしてきたので、一人で色んな大学の学園祭を見廻ってみようかとは考えています。
とは言え、一人で行っても、一周ぐるっと学内を廻ったらそれでもう見る場所はなくなってしまうでしょう。
つまり学園祭そのものを楽しむのは難しそうです。
なので、学祭「だけ」を目当てに行くのではなく、周りにある古本屋とか美味しいレストランとかも合わせて予定を立てていきたいと思います。
そういうわけなので、多分見に行く大学は主に都内の立地のよい大学になるでしょう。
今候補として考えているのは、青山学院・上智・東大・慶応・明治・早稲田・法政…、など。
これらすべては流石に見に行けないでしょうが、できる範囲で廻っていきます。
そしてもちろん、学祭の様子を2chで実況w
これこそが、リア充とはまた一味違った、非リア充2ちゃんねらー的な学園祭の最大限の楽しみ方であります。
「何かオラ今からワクワクしてきたぞ!」
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「学祭行く奴はリア充」
そんなスレがそろそろ乱立しそうな時期です。
そろそろ学園祭シーズンになりますね。
昨日「学園祭云々」の立て看板が置いてあるのを見て、学祭が近づいてきていることを知りました。
言うまでもありませんが、私は参加しません。
そもそも学園祭って、誰が参加するのでしょう(または楽しみにしているのでしょう)?
サークルなどで出店したり、何らかのイヴェントを催したりする積極的な内部の学生と受験生ぐらいのような気がするのですが、どうなのでしょうか…。
一つだけ言えるのは、我々「ぼっち学生」にとっては、学園祭は楽しみでも何でもなく、当日は、普段と変わらない生活を送っているだろうということです。
聞いた話では、サークルで参加した学生は「打ち上げ」と称して、学祭終了後、徹夜で飲み会を開いたりしているのだとか。
一部の学生にとってはこれこそが主で、祭りそのものは副次的なものでしかないのかもしれません。
ところで大生板では今後学園祭はどのように取り扱われえるのでしょうか?
おそらく大生板住人は、私と同様、参加せずに家にいたり、街に遊びに行ったり、という行動が多数派に違いありません。
そのため、学園祭の話をスレでしようものならただちに「リア充」のレッテルを貼られるか、ネタ扱いされるか、何れにしてもこの話題で板が盛り上がりはしないでしょう。
しかし、せっかくどこの大学でも学園祭があるのですから、どこかしらの大学に遊びに行って、2chやブログなどで報告するのも面白いかな、などとも思っています。
参加しないにしても学園祭に関して何かいい思い出が欲しいですしね。
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クラッチバッグ
皆さんはクラッチバッグをご存知でしょうか。
生協で売り出され、学生に広く支持されている大学名入りのバッグのことです。
バイト先でも、様々な大学のバッグを見かけました。
街中を歩いていても、大学生らしき方がこのバッグを持ち歩いている光景をしばしば目にします。
私はというと、このバッグは購入していませんし、また購入する予定もありません。
偏見かもしれませんが、何となくリア充臭が漂ってきて、自分のキャラには合わないような気がするからです。
リア充と言えば、リア充的なバッグの所持法として、自分の所属大学のそれではなく、恋人の所属大学のそれを持ち歩いたりもしていると聞きました。
しかしこれまた情報源は2chなので、どこまで信用してよいかは疑問です。
それにしても、2chではあまり評判のよくないこのバッグがリアルでは生協の大学グッズの中では異例とも呼べる大ヒットを記録したのですから、リアルと大生板の格差はこの一事からも知ることができますね。
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迷惑なのは私語ばかりではない
私は授業を受けるときはいつも後ろの方の席に座っていますし、出席率、受講態度などもあまり真面目とは言えません。
大学で真面目に授業を受けているのは一部の層だけ。
タイプは違えど、不真面目な人間が増えれば増えるほど、真面目な人間にとっては授業中苛立ちを覚える回数も増えるのでしょう。
ところで、真面目に授業を受けている学生にとって授業中最も迷惑なものって何でしょうか?
私語、遅刻、途中退室、内職…、幾つかあり、それぞれが特有の「ウザさ」を放っているのは疑いがありません。
しかし、それらに勝るとも劣らないレベルの「ウザさ」を誇っているもの、それは「電卓」ではないでしょうか?
おそらく会計士なり税理士なりの資格を目指しているのでしょう、目にも止まらぬ速さで彼らはキーを叩き続けます。
あの速さが、周囲の苛立ちをいや増大させているような気がしてなりません。
それにしても、教授が作るシラバスには「私語禁止」はあっても「電卓禁止」の記述が見られないのは不思議です。
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三連休ではあっても・・・
今日で三連休も終わりです。
皆さんはどのようにこの三連休を過ごされたでしょうか?
私は、普段とたいして変わらない生活、つまりは、教習に行ったり、外食したり、図書館に行ったりなどして過ごしました。
そして、特に三連休だからと言って特別な感情はありませんでした。
それは結局、今の生活は「毎日が休み」みたいなものだからなのだと思います。
別に引き篭もっているわけではありませんが、文系大学生なんて、出席しなければならない授業は限られているし、履修しなければならない授業数も少ないので「暇」なのです。
おそらく小・中・高と学校生活を経験してきた中で最も自由な時間に溢れた生活が今であるでしょう。
夏期や春期の長期の休みも魅力的です。
週5日通っている学生であっても、一年を通して見ると、登校日よりも非登校日の方が多いわけですから、三連休程度ではありがたみを感じられないのも無理はないのかもしれません。
働き始めたらそれが分かるようになるのでしょう・・・。
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楽しいキャンパスライフ
大学の後期の授業が始まっています。
正直言って、私は前期はあまり大学に行きたくありませんでした。
授業も退屈ですし、行っても特に面白いことがなかったからです。
しかし後期はそれなりに行くのが楽しみだったりします。
理由は前期のときとは反対に面白いことを見つけられたからです。
その過ごし方とは、図書館で、古本屋でもなかなかお目にかかれないような昔の絶版本を読みあさることです。
前期は家から自分で本を持っていってそれを読んでいたりしたのですが、考えてみれば、図書館には、そこでしか読めないような貴重な本が沢山眠っていて、卒業するまでしかそれらを読む権利は与えられていないのですから、今のうちに読めるだけ読んでおかなければ損だと言えます。
そんなわけで後期からは、結構ワクワクしながら登校しています。
今現在、大学に行くのが苦に感じている方も自分が何か面白いと思えるものを見つけられれば必ず大学は楽しく過ごせるはずだと私は信じてなりません。
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恋愛経験なしが答える恋愛相談室
昨日、大生板においてスレ立てをしてきましたw
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/campus/1159797973/l50
恋愛経験ゼロの私が恋愛相談スレを立ててみたのは、果たして、これまで本で読んだり、ネットで情報を仕入れたりした知識だけで、どこまで恋愛相談に乗れるのか試してみたいと思ったからでした。
立てる前は惨憺たる結果に終わるかとも思われましたが、立ててみるとそこそこまともに答えることができ安心しました。
とは言え、まともというのは「まともに見える」というだけの話であって、私の意見がどこまで的を射たものであるかは分かりません。
経験に基づかない以上、ある部分では妄想が入り込んできてしまうのは無理のないことです。
経験者から見るとおかしなことを言っていることに気付くかもしれませんが、そこはご容赦頂きたいと思います。
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全国のぼっちに快報!
大学に入学して以来私はずっとどのサークルにも所属しないできました。
それは別に何か信念があってのことではなく、気がついたらサークルにも入らず、学内で孤立してしまっていました。
もう今からではサークルに入る意味もないだろう・・・。
そう思っていた私でしたが、昨日、ついにとあるサークルに所属を決めました!
そのサークルとは・・・
AJISU
AJISUとは・・・
A=All
J=Japanese
I=Isolated
S=student
U=Union
の頭文字をとったもので、その正式名称は・・・
全国ぼっち大学生連合会であります!
これは大学生活板で、全国のぼっちで集まってサークルを結成しないか、という呼びかけに応じた多くの賛同者によって設立された新サークルであって、私は、このサークルが全国のぼっち学生に希望を与えるきっかけになることを期待してやみません。
具体的にどのような活動をしていくかは未定ですが、きっとこの活動は大きな成功をおさめるに違いありません。
ぼっちの方は是非AJISUへの加入を検討してみてください。きっと未来が開けるはずです。
http://free.45.kg/bochi/toppage.html
どんな境遇でも・・・
私も大学一年の頃はあやうく精神崩壊寸前のところまで行ったような記憶がありますが、運よくそれを免れることができ、今はまあまあ充実した生活を送れています。
他人から見るとどんなにつまらなくみえる大学生活の中にも自分なりの楽しみ方はあるものです。
それを見つけられれば、大学生活を苦痛には感じなくなると私は思います。
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前期大生板流行語
今年度の大生板の流行語をいくつか紹介したいと思います。
①JJ
雑誌の名前ではありません。
これは、以前にも少しだけ書いた「自虐風自慢」の頭文字をとったもので、意味は、一見すると自虐しているように見えるがよく考えてみると自慢以外の何物でもない発言のことです。
例えば「サークルの合宿があって財布がやばい・・・orz」のような発言がそれです。
別にサークルに所属している程度で自慢にはならないと考えるかもしれませんが、それは世間一般の価値観で、大生板ではサークルなしがデフォであり、それに所属しているだけでリア充とされてしまうのです。
②リア充
今上で私は「リア充」という言葉を用いました。
これは何かと言うと、「リアルが充実している人間」の略語であり、友達たくさん、サークルに所属、恋人持ち・・・etc.な方々に対して嫉妬の混じった批判を行うために使われます。
逆に、リアルが充実していない人間を指して「非リア充」と呼びます。
大生板は、やはり非リア充がデフォであるので、リア充的発言は徹底して嫌われることは覚えておいて損はないと思います。
③ツマカス固定
何の面白みのある発言もできないにも関わらず、やたらでしゃばってくる固定に対して向けられる批判の言葉です。一時期、あまりにも固定が増えすぎてしまい、その状況にウンザリした板住人が思わずもらした不満の言葉であると理解しています。
私もそう呼ばれないように頑張りたいものですw。
他にもいくつかありますが、爆発的にヒットしたのは、上の三つの言葉であると記憶しています。
世間に「流行語大賞」があるように2chの世界にもまた「流行語」があるものです。
そして、現実とネットでは全く違う性質の言葉が流行になるわけで、これはとても興味深い現象であると思います。
今後、どのような流行語が飛び出すのでしょうか。
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男子校出身者にありがちなこと
私も男子校出身で、高校時代はそれが彼女がいない原因だと思っていました。
ですが、大学に入り、それが思い上がり以外の何物でもないと知りました。
今思えば、大学でも彼女がいるような同級生は、たいてい高校時代にも彼女がいたり、少なくとも女性の知り合いはいる方が多かったですね。
「男子校だからモテなかった」は多くの場合、喪男の言い訳でしかないのかもしれません。
体育会系の部活
たとえば、企業とのパイプを沢山持っている教授のゼミに所属できるように頑張る、だとか。
応援部に限らず、体育会系の部活は、どこも相当上下関係が厳しい世界であると聞きます。
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サークル活動を装った勧誘
私も、一年の頃に、キャンパスの隅っこの目立たない場所で見るからにそれらしい人に声をかけられて警戒心を抱きながらも少しだけ話をしてみたら
「あなたは今幸せか?」
などの胡散臭い質問を次々と投げかけてきました。
できるだけ相手の術中に填らない方がよいだろうと考えたので、ポジティブな態度で、現状に満足しています、というように受け答えしたところ名前や学年も聞かずに去っていきました。
怪しげなその男性が手にしていたノートには、数多くの学生の学部や本名などの個人情報が記されていましたね。
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夏休みの利点
今日から夏休みです。
昨日私は、夏休みの利点は、自由な時間が確保できることだと書きました。
しかし、夏休みの利点はそれだけではありません。それ以上に大きなメリットが夏休みにはあって、それは、普段と比べて出費が格段に少ないということです。
授業期間中は、一ヶ月に大体どれぐらいのお金を使うでしょうか?
大学に関係したものだけ挙げてみます。
まず、交通費や食費(実家暮らしなので主に昼食)などで一万五千は軽く超えます。
他に、たまに大学で使う書籍を購入せざるをえないことがあり、これが月平均数千円ぐらいにはなるでしょう。
これら主な出費を合計しただけで二万は優に超えてしまうわけです。
夏休みになると、定期なども買わなくてすむし、昼食も基本家で食べればよいので、出費が最低限に抑えられます。
今月はいくらぐらい使うのかを予想すると、夏休みで暇なので、本代が一万を超えるのは間違いありませんが、それを除けば、たまにグルメでカレーなどを食べにいったりすることがあるぐらいで、その他諸雑費を含めて、全部合わせても二万も使わないだろうと思います。
サークルに所属している学生の場合は、毎日のように大学に行ったりで、授業期間中とそれほど違わない額の出費が待っているのでしょうが、ぼっちにはそれがないので、その意味では「勝って」さえいるのかもしれません。人間何かを得れば何かを失うものなのでしょう。
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白紙の答案
今日もテストを受けてきました。
論述式テストを三つ受けて、三つとも「オワタ・・・」感がありましたが、それでも一応答案を書くだけは書いてきました。
大学一年の頃は、分からない問題がある場合は、あまりにも適当な答えを書くのは気がひけたので、白紙で提出し不可を取っていたりもしました。
その頃の私は知らなかったわけです。大学のテストは、先生によっては、答案をあまり読まずにアバウトな採点をしている方がいる、ということを。
そういう甘い先生が作成されたテストの場合は何も書かないのは損です。
とりあえず、何かしら文章を書いて、答案用紙を埋めておけば、内容がトンチンカンでも単位だけはくれたりするわけですから。
このことに気付いてからは、どれだけ出席率が足りなくても、どれだけ試験問題が難しかったとしても、決して試験を放棄することなく、そのとき頭の中にある限りの知識を総動員して、もっともらしい解答を書いてから提出するようになりました。
考えてみれば、受講生が数百人規模の授業では、一人一人の答案をまともに採点していたのでは時間がかかりすぎて、教官も嫌になってしまうだろうことは想像に難くありません(それとも、院生にバイト&ボランティアで採点させてる?)。
たまに、新入生の方なので、白紙のまま答案提出する方を見かけますが、非常に勿体無い行為だと思います。
白紙では、どれだけ採点が甘い教官でも「不可」をつけざるをえないでしょう。
駄目でもよいので、とにかく文章を書いてみる、これは大学のテストを受ける際の鉄則ですね。
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炎天下の中の登校
テストがあと少しで終わります。
我々文系学生にとっては(少なくとも私にとっては)、テスト自体はそれほど大変ではありません。科目に関する本を買ってきて、それを何度か読み理解すれば、大体の科目で単位はくるものだからです。
それでは、私が、今最もつらいと思っているもの。
それは、このうだるような暑さです。
家から大学に行くとき、大学から家に帰るとき、これらの時間がつらくてたまりません。
私はどちからといえば冬派で、寒いのはそこそこ大丈夫でも、暑いのには耐性がないのです。
あの炎天下の中、道を歩いていると、身体中のすべての力が奪い取られてしまいそうになるのを感じます。
無理をすると熱中症などのおそれもあるので、こまめな水分補給は欠かせません。
そのため、他の季節よりも、飲料水費がかさんでしまいます。
その苦手な夏の炎天下の中の登校もあと少しです。
頑張っていきたいですね。
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カンニングって・・・
全国的にどの大学もテスト時期であります。
テストになると必ずといってよいほど発生するもの、それはカンニングです。
私はもちろん、これまでに一度もカンニングをしたことがないし、カンニングをしてつまみ出されている学生を見たこともありません。
カンニングはなかなか罰の重い不正行為です。
学校によって罰の内容は異なるとはいえ、周りの話を聞いていると、それがとても重い罰であるという点では違いはないと言えます。
カンニング科目がゼロ点になってしまうのはもちろん、その他の科目についても点数を大幅に減らされたり、来年度の履修ができなかったり、となかなかきつい処置が待っています。
それにしても、カンニングで捕まる学生がいると聞くたびに思うのですが、カンニングはそれほど「得」な行為なのでしょうか。
カンニングは不正行為であり、絶対にしてはいけないことは当然です。
ですが、それ以前に私が疑問なのは、大学のテストでカンニングなどして果たして試験の役に立つのだろうか、ということです。
そもそもカンニングとは主にどのような形で行われるものなのでしょうか?
流石に、試験中にテキストを参照するわけにはいかないため、主流なカンニングは、小さな紙に大切なことを書き込みそれを試験場に持ち込む方法なのだそうです。
しかし、小さな紙片では書き込める内容は極めて限られていますし、その程度の内容であれば、そんな用意周到を巡らすまでもなく、自分の頭に刻みこんでしまえばよいだけの話である気がしてならないわけです。
カンニングほど、リスクが高く割りに合わない行為はあまりないと私は思います。
それに、カンニングをして試験を乗り切るぐらいなら潔く落第してやる、と私などは考えてしまうわけですが、この辺は各人により価値観が違ってくるのでしょう・・・。
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コテが減ってきました・・・
最近大学生活板において、コテをつけている方の数が目に見えて減少しているような気がします。
4月の頃は、新入生がこぞってコテ化したためかは知りませんが、コテが「異常増殖」と呼べるほど次から次へと新キャラが誕生し、流石に名無しのスレ住人はウンザリしていたようでした。
コテの勢いは半端ではなく、ほとんどのスレで、半分以上のレスが新参固定のそれで埋め尽くされるだけでなく、空気の読めないコテが集まってしまった場合は、そこで馴れ合いを始めてしまい、スレが破壊されてしまったことも何度もあったと記憶しています。
あの頃と比べると、今はだいぶ落ち着きましたね。
当時見た新参も、一部を除いてはほとんど見なくなり、コテはまあ適正な数に収束したのではないか、と個人的には思っています。
なぜ新参固定のほとんどが姿を消してしまったのかというと、おそらくは、飽きたか、リア充になってネットへの魅力が相対的に減少したか、といったところでしょう。
逆に言えば、今もまだ旺盛に活動を続けているコテは、大半が非リア充で、今後も現実世界で満たされない欲求を満たすためにネット世界を飛び回っているのだろうと思います。
新入生ではないものの、私もネット世界から容易には離れられないという点では共通点があります。
私がリア充になる日はやってくるのでしょうか?
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自分の試験勉強法
文系の大学定期試験は概して楽なものです。
確かに、一部に、毎回真面目に出席し、予習・復習をしなければ単位がこない授業もあるかもしれません。
しかし、大半の授業は、出席もあまり取らないし、テストもそれほど難しくないので、講義内容を理解していなくても、試験直前になって、自分で勉強をすれば単位だけはなんとかなります。
勉強法は人それぞれあると思います。私の場合は、試験科目に関係した本を一冊買ってきて、それを試験日までに何回も読み返す、という方法が性に合っていますね。
それで、試験直前期になると本屋に関連本を漁りに行っています。
本を選ぶ際のポイントですが、基本、先生から指定された本は買いません(もちろん目を通しはしますが)。
理由は、別に他人から強要されるのが嫌だとか、捻くれものだから、というわけではなく、私は自分に合った参考書で勉強したいと思うからです。
どれだけ世間でもてはやされているものでも、自分はどうしても受け付けないってことがよくあるじゃないですか?
参考書でも話は同じで、指定された教科書が、文章が好きになれなかったり、わかりづらかったりする場合がしばしばあるものです。
できれば、一度読んだ本は、その後何度か読み返して、完全に自分のものにしてしまいたいですからね。
相性の悪い、試験のためだけの本はなるべく買いたくないと思ってしまうのです。
人の好き嫌いはそんなにないのに、本に関しては好き嫌いが激しい読書くんでした。
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ぼっちでも挫けない
ヒトカラ、ヒト映画、ヒト喫茶、など恥ずかしがらなければ、ぼっちでもできることはたくさんあります。
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ぼっちは不利益ばかりではない
最近、連日のように2ちゃんの某スレでブログの文章が晒されている読書くんです。
やはり今日の分も晒されてしまうのでしょうか・・・。
最近は専ら、「ぼっち」に関係した内容の文章を書き続けてきました。
そして、それらはどれも、ぼっちのネガティブな面ばかりを取り上げてきました。
物事は何にでも様々な側面があるものです。
ぼっちでも、一から十まで悪いことばかり、というわけでは決してなく、探せば中には、何かよいこと―ぼっちの利点とでも呼べるものが見つかるはずです。
自分を励ます(正当化)するために、それを考えてみることにしました。
さて、ぼっちの大学生活とはどのようなものでしょうか?
朝起きて登校し、午前中の講義を受け、昼は当然一人でご飯を食べ、午後の講義を受け、それが終わったら、さっさと帰るか、図書館に行くなり、街に遊びに行くなりしてから帰宅。
これが私の平日であり、私以外のぼっちの日常でもあると思います。
こう書いてみると、一つのある事実に気付きます。
それは、拘束されている時間帯が最小限だということです。
授業中は誰にとっても平等に時間は過ぎますが、昼食はどうでしょうか?
一人で食べれば10分もすれば食べ終わり、残りの昼休み時間を満喫できます。
しかし、集団で食べればこうはいきません。
会話を交わしながら食べていては30分ぐらいはかかるでしょうし、その後も皆でダラダラしていたらあっという間に昼休みは終わってしまうでしょう。
昼休みですらそうなのですから、放課後に至っては言を待ちません。
そのふんだんに与えられた時間を活用して、資格の勉強をするなり、趣味にいかすなりすれば非常に有益に時間を使うことができると思います。
とは言え、これはぼっちになってしまった大学生への慰めの言葉にしか過ぎず、自由な時間を得たことによって失ってしまった代償はあまりにも大きすぎると言えるだろうことは私も自覚してはおります。
ですが、ぼっちはぼっちなりに、最大限時間を有効に活用しようではないか、私はこう言いたいだけなのです。
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